tokyocatさんのid:tokyocat:20031204を読んで、発作的にいろいろ思い出した。

小学6年生の時にアメリカ人に混じって歴史の授業を受けていた。第二次世界大戦の話があり、日本人はすっかり悪者になっていた。クラスで唯一の日本人だった私は、とても居心地が悪かった。授業のあとに意地の悪いクラスメートがやってきて、おまえら日本人が、とパールハーバーのことを責められた。これには実に参った。私が悪いのではない、だけど私は日本人なのであり、選択の余地はないのだ。やがて原爆の話に至り、アメリカにとってのハッピーエンドがやってくる。きのこ雲はハリウッド映画の幸せなタイトルバックのように、教科書の最後の方に登場する。「はだしのゲン」でヒロシマ、原爆を知った小学生の私は、動揺する。日本とアメリカ、という立場の違いをいやがうえにも意識せざるを得ない。

だけどなぜ私がここでこんな違和感を感じなければならないのか?その違和感はあまりにも大きな負担であったし、私は日本人であるという否定できない事実に直面することになった。最近の言葉であれば、それを「自虐史観」と呼ぶのかもしれない。しかし、一歩日本の外に出れば、自虐どころではなく、他虐なのである。他虐はいいすぎかもしれない。でも日本人であること、で私のアイデンティティに付随してくるさまざまな事柄、それは現実であり、私を萎えさせたり、あるいは私とは本来関係ないのにうれしくさせたりする。宮崎駿がベルリンの映画祭で賞をとれば、昼飯の時に私は質問を受ける。説明を待つ仲間達。私は日本人だから、という期待にそって、知る限りその質問に答えようとする。

中学校で時々殴り合いの喧嘩にまきこまれたりした。ファッキユーだのアソーだのユーマザファッカだの罵声を浴びせあいながら喧嘩はすすむのだが、遅かれ早かれ、かならず「ジャップ」という言葉が登場し、私に浴びせられた。それに対して私は猛烈な怒りを感じた。解説すると、日本人を侮辱するジャップという言葉、日本人を侮辱したことに対して私は怒っていたわけではない。殴り合いしているのになんでジャップかよ、という怒りだった。パールハーバーだの原爆だの、というジャップの荷札を無理やりねじ込まれるようで、ねじ込まれた瞬間に私は怒ったのだった。ジャップであること、それは私が選んだことではない。たぶんそう思っていた。

今の私が、パールハーバーのことで責められたらどうするだろうか。奇襲攻撃なんかしやがって、卑怯者、といわれたとしよう。たぶん私は次のように答える。私には関係ない。だけどそのときの日本人はアメリカ人を殺したんだよな。奇襲攻撃だったかもしれん。だったら卑怯だよな、うん。と認めるだろう。ついでに、アメリカ人は原爆で日本の民間人をなぶり殺しにしたぜ、という事実も付け加えるかもしれない。では、パールハーバーの恨みだ、と殴りかかってきたら私はどうするだろうか。殴られた後に私はその理不尽さに思わず殴り返してしまうかもしれない。日本人だから殴り返すわけではなく、理不尽だとおもうから殴り返してしまう。

では、ベルリンの街角を歩いているときに、イスラムの敵、といわれながらイラク人に殴られたらどうしようか。理不尽なことである。私は敵ではない。しかし、パールハーバーのことで殴られるよりも多分すこしだけ納得がいく。日本は今まさに、イラクの敵として、米国の手先として戦争をしており、あまつさえ兵隊まで送り込もうとしているからだ。テロに屈しない、という言葉は、現状ではイラクを侵略する、という言明にほぼ等しい。現時点で日本が行っていることであり、そして私は現時点で日本人なのである。だからパールハーバーとは違い、あ、理由があって殴られている、と頭の片隅で感じてしまうかもしれない。「ジャップ」の荷札に、つい最近、ただし書きが増えたのだ。でも、なんでオレがと思い、怒るだろう。

日本国民であるかないか、日本人であるかないか。そもそもナショナリティとはなんなのか。そうやって私は考えることはできる。だけど選択の余地がない場面もある。もうすこし話を極端にする。ハンブルグの街角を歩いているときに突如イスラムの敵、米帝の手先、と罵倒され、銃殺、あるいは爆破されたらどうなるだろうか。考える暇もないだろう。次の瞬間には死んでいる。しかしそのことを想像すると、とてもではない、理不尽である、と私は思ってしまう。やられたら大怪我だ。あるいは死ぬかもしれない。そうやって爆破される瞬間、私はたぶん小学6年生のあの授業の、強烈な違和感を思い出すだろう。