2013-01-01から1年間の記事一覧

文学の普遍性

中国人の共同研究者がいった。「まずはソーシャライズ、そのあとでビジネス、まさに東アジアの私達の社会ですね。やっぱりあなたは東アジアの人だ」私は答える。「ありがとう。でも東アジアだけじゃないんだよ。どこだってそうだ。僕らは我々を東アジアとし…

スカイピング

最近は実に便利なもので、テレビにHDMIで接続するスカイプを内蔵したカメラなどがあり、気軽にアクセスできる。スカイプコールはリモコンで受けることができるようになっている。受けるのは私の母であるが、接続を切るのは無珍先生もできるようになった。毎…

「日本を、取り戻す」

4週間ほど日本に行っていた。うち2週間は無珍先生と過ごし、2週間は大阪で仕事をしていた。計測開始以来という猛暑に居合わせたのにはまことに閉口したが、すくなくともそこにいたということでなんとなくオリンピックは参加することに意義がある的な気分であ…

カルフォッチ・デラ・ジュディア

ユダヤ風アーティチョーク。ローマのユダヤ人地区の料理。深鍋に熱したオリーブオイルでじわじわと揚げたアーティチョーク。花弁の先端部分は芯が硬くて普通は食べないのだが、こうして食べると揚げた鮭皮のようにパリパリと食べることができる。ドライフラ…

人と人が会うということにこれほどまでも礼儀正しくなんらかの状況を仮定しなければならないそんな片苦しさを社会に内包してしまった不幸な社会を目前にして私は、「寂しいですね」といった瞬間に正しいことを言ってしまった、そのほろ苦さにじくじくくさり…

311

2011年の3月11日は、ローマの近くで院生たちに講義をしていた。授業中なのにイタリア人の若者は、「大変だ」と教壇までラップトップをもってきてYouTubeの動画を見せてくれた。津波が渦を巻いていた。2012年の3月11日は新宿のゴールデン街でコスタリカ人と飲…

無声慟哭

朝の5時半、寝ていた無珍先生が起こされた。「いいかい、パパは今ドイツに戻る。無珍先生はネエネと日本で暮らすんだよ」私はそう伝えた。無珍先生は目を見開いた。その目がみるみるうちに潤んでいった。たちまち大粒のナミダがボロボロと流れた。しかし表情…

イデオロギー

気温が摂氏15.0度である。これは測定値であり、厳密に測定された値である。一方、15.0度の屋外において半袖で1時間過ごしたときにどれだけの人間が風邪をひくか、という統計値があったとする。仮に100人に1人が風邪をひく、という結果だったとする。なにもし…

2012年年末・日本

年末に3週間ほど日本に帰国していた。なんだかんだいってクリスマス直前までデニーズに通って仕事をし、明けて3日にはこちらに戻ってくるという何しに行ったんだか、という滞在ではあったが、いちばんの目的であった無珍先生を日本の幼稚園に通わせる、とい…