世界の終わり
かくなる状況でへばっているしかないのでいろいろ雑誌や本を読んでいた。現代思想の4月号は特集「学校改革 教師の現場」。おおざっぱには、学校制度が市場主義化していることが現場では問題になっているということがわかったのだが、特に出色の対談が『学校改革 何が変わったのか/佐々木賢+大内裕和』。学校教育に関心のある人はこれだけでも読んだらいいなと思った。戦後の日本の教育行政や中教審、臨教審などの歴史を概観しつつ、教育の市場主義化の問題点を明確に指摘している。佐々木賢さんはこの対談を読んで初めて知った*1。定時制高校の現場で教師として長年苦労を重ねつつ教育行政の問題を指摘しているので、なにが問題なのかということをリアルに証言できる。すごいのは同時に実に的確にそれを社会全体の状況と結びつけることができること。特に「生徒の成績は一種の貨幣になっている」という指摘はすごいな、と思った。研究者の世界でもImpact factorが通貨となって市場主義化しているのだから、そのうち通貨統合もありうるかもな、なんて恐ろしいことを創造したりした。個人個人にはその能力とアウトプット、効率と生産高に応じた銀行残高のような成績表が一生ついてまわるような世界である。ダメな人間は不良債権。実にわかりやすく確かに効率的である。
一方、平行して読んでいた佐藤卓己『言論統制』がたまたま、なのだが実は1930年代から40年代にかけての言論統制の問題というだけではなく、学校教育とはなにか、あるいは格差社会と学校教育、ということを考えさせる内容でもあったために、よいカップリングになった。ウェブ上でみかけた書評では、戦後「日本版ヒムラー」、言論統制の鬼、無知な軍人が知識人を弾圧した張本人として糾弾された陸軍情報局の情報官鈴木庫三は実は戦中に軍に協力した作家たちのスケープゴートであり、実はそれほどひどい人間ではなかったということを鈴木少佐の日記を中心に明らかにした、とのこと。そんなわけでどちらかというと「自粛するメディア、煽る大衆」という視点から手に取った*2。そうした内容でもたしかにあるのだが、私にとって面白かったのは軍事教育学を修めたテクノクラートとしての鈴木少佐がその専門性を純粋に突き詰めつつ、八紘一宇と学校教育を理想主義的な形で統合し世間に訴えていくその過程。小作農家の貧困からたたき上げたコンプレックスの塊の努力家・鈴木少佐のそもそもの社会主義的な傾向とあいまって国家社会主義として芽生えていく過程をつぶさにながめることができたのが面白かった。ものすごくマジメな人なんだけど、マジメなだけだと大局を見る暇がないものだから、ものすごい勢いで踏み外す、という好例だと思った。その不器用な努力を記述する佐藤氏の目はあくまでも優しく愛情さえ感じる。でも河合栄次郎の「社会政策原理」を東大で熱心に聴講したくせにその数年後に本として出版された『社会政策原理』を発禁にしたっていうようなディテールを読むにつけ、やっぱだめじゃんこの人、と私は思ったりした。
8時間ほどかけて村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んだ。18のころ読もうと思って以来読んでいなかった本である。 しばらく前に借りたのだが手をつける暇がなかった。上の熱の最中「世界の終わりだあ」と思っていたので読み始め。村上春樹の小説の主人公はいつものことだが、やたらいけすかない。でも毎度のことながら周りの美しい女がつぎつぎベッドにもぐりこんでくる。うらやましい。はたまた、職業革命家は台所で朝飯を食うのかというようないかにも春樹的な疑問がでてきて、平行読みしていた白井聡「未完のレーニン」に説明されている”階級意識の外部注入論”における言説の外部化を想起しつつ、はたまた村上春樹にいつもみられる「肉体の表層と深層、皮と肉と骨」というテーマを確認し、やっぱりね、と得心。世界が垂直(ラディアル?)に展開するのだ。などと思っているうちに読み終えた。タイトルとことなり世界は終わらず、小説は村上春樹の脳内の世界に閉じ、一方私はそのまま睡眠に落ちた。
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*1:080506追記。常野さんが佐々木賢さんの本を昨年紹介しているのを発見した。おもしろいのでリンク貼ります。『グアンタナモ化した政治と敵対性の外部化について』http://d.hatena.ne.jp/toled/20070324/p1。
*2:先日映画『靖国』に関するはてなの恐妻家、t-hirosakaさんの記事でみかけて、お、と思い、ちょうど日本に行く予定だったのでリストに入れたのだった。http://d.hatena.ne.jp/t-hirosaka/20080401/1207062061 。