現場の枯渇

この教育基本法が「改正」されたあと、教育関係のすべての法律が来年から横並びに変えられていくんですね。まず学校教育法が変えられるでしょう。次に地方教育行政法が変えられます。社会教育法も変えられます。学習指導要領も当然変えてきます。それは、今よりももっと強く国家主義の方向で変わってきます、それは教育基本法が変わったからという理由にして。それから図書館法にしても博物館法にしても変えてきます。当然、今主張しているけども教育職員の免許制度も変えてきます。全部変えるんです。
野田正彰氏(関西学院大学教授・精神科医)の講演より引用

上記部分は野田さんの講演のほんの一部で、本文はいかに現場の先生が強化される職務の増大・中央からの統制の強化にすでに苦しんでいるのか、というよみやすいけれど実例溢れるなかなかの長大な報告である。時間のあるかたは、本文を印刷するなりケータイに転載して通勤中に読んだりしたらいいと思う。冒頭部分で教員の休職や早期退職が増加しているという話がある。これだけ締め付けが厳しくなっているのだから、自由にものを考える先生ほどきつくてやめたくなるだろうなあ、と私は勝手に想像していたので、やはりそうなんだなあ、と思った。ついでなので、休職や早期退職に関するデータを探してみた。k野田さんの講演で登場した休職に関してはみつからなかったのだが、早期退職者に関しては文部省の公開データに「離職者」として1988年以来の3年ごとの数字がある。とはいえ、これは定年退職者も含んでおり、あらためて計算する必要がある。また、もっとも知りたい時系列にまとめたものはない。他の方がすでにグラフにしたものがあるので、とりあえずリンクする。
中途退職していく教師たち(プラトン政策情報館)
このグラフに関して批判するべき点があるとすれば、全体の人数や、児童数に関する増減との比較がなされていないこと。まあ、文部省のデータのまとめかたがなんかややこしい、という理由もあるのだが、時間があれば私も少し詳しく見てみたいと思う。
ところで私が危惧するのは次の点である。野田さんが報告したのは、まだ教育基本法が改定されていない目下の状況である。教育再生だのなんだので、31人30脚まで指導させられ、率先して愛国心を示し”徳育”などまでせねばならぬ実に窮屈なこれからの教員という職業に、なりたい人間はこれからどんどんへってしまうのではないか。いや、だからなりたい、という”愛国心の植え付け”に燃える立場の人もいるんだろうけれど、足かせが増えるのだから志望者減はまぬがれないのではないか。ましてや、ただでさえ今後の教員の需要供給は危機的にバランスが崩れて教員が足りなくなることが指摘されている。

(問題の焦点はどこにあるのか)
以上、かなり無理な条件のもとでシナリオを設定して、需給バランスを見てきたが、要するに結論は次のようになる。
(1) 21、22年度にかけて(改めていうが、今から4、5年後のことである)、首都4都県と近畿5府県では合計して9000名規模の教員需要が生じる。これは全国47都道府県の教員養成課程の入学定員をすべて合計した数(9730名)に匹敵する規模である。もちろん、このすべてを教員養成課程卒業者で補充する必要はなく、そのシェアは現状で小学校教員47%、中学校教員の33%である。しかしこのシェア率を考慮に入れても、4000名規模の教員需要が発生し、首都圏、近畿圏内の教員養成課程だけでは、カバーしきれない。首都圏、近畿圏に止まらず、それを越えた範囲で、教員不足という事態にいたる危険性は高い。それもわずか4年後に迫っている。

(2) ただし以上の結論は、全国どこでも、小学校教員の47%、中学校教員の33%は、教員養成課程卒業者から補充されるという仮説(逆にいえば、小学校教員の53%、中学校教員の67%は、一般大学等から補充できるという仮説)を、全国一律に適用した時の結論である。事情は各都道府県、政令指定都市間で異なっているはずであり、より現実に近い推計を行うには、現行の教育統計の収集方式、集計方式の改善が必要である。

(3) 離職教員数の推計は、現に教員として在籍している者の年齢構成から推計しているので、その確度はかなり高い。教員養成課程からの供給数もまた、国立大学法人の入学定員として定められており、その確度は高い。このように供給数、需要数とも確度は高いが、問題は教員養成課程卒業者が、いかなる都道府県の教員へと採用されてゆくのか、また教員採用者側が、どの程度それぞれの都道府県を越えた採用を行っているのか、要するに求職者側、求人側とを結びつける市場に関する情報が、決定的に欠けている。ここに現行の教育統計システムを抜本的に改善する必要性がある。

教員養成に責任を持つのは誰か ――大量教員不足時代のなかでの教員養成政策――
潮木守一

より引用。なお、上記HTMLは図のリンクが切れている。PDFはこちら。

この根本的な問題について扱っている議論は、これまでのうわすべりな「愛国教育」談義のなかで一度もみかけていない。”教育再生”の混沌と泥縄を現場でおしつけられるのはいったいだれになるのか。

追記: 次のリンクで言及されているような業務の増大ももちろん関係するだろう。
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