フィンランドの教育

フィンランドの子はなぜ賢いのか 応用力が世界1位
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200712060047.html

上の記事で重要だと思ったのは

「成功しているのは、教師がすべて修士号を取得していて質が高く、同じ学校で長く勤務して責任を持たせているためだ」。まねるだけではダメ、教師の環境を整えることが第一だという。

一方で日本の文部科学省は、膨大な業務を教師に押し付け、教員免許を更新制にし、校長や教頭の権力を絶対的なものにして教師という職業をいかにも魅力のないものにおとしめている。そこにあるのは実のところ”教師の排除”という発想だけ。優秀な人間が(権力者のいうことをよく聞く教師という優秀さではないが)、そんな職業を選択しなくなっていくのは、あたかもしくまれたようでさえある。二度目の引用になるが


すべての教員養成課程を調べたわけではないし、あくまでも暫定的な分析である。だが、ここから、志願者数の減少がたんに候補者のプールの大きさを狭めているという問題に留まらず、そこから選び出される入学者の「質」(あくまでも受験学力にすぎないともいえるが)の低下と結びついている傾向を見て取れるのである。
この趨勢が、現実をある程度反映しているとすれば、そして、それが今後も続くとすれば、この分析結果が意味するところは、教育再生会議の議論にとっては皮肉な結果といえる。教員の質を高めるために、厳格な評価と免許更新制を導入し、「不適格教員」を排除しようとする。ところが、その意図を裏切るかのように、こうした教員への厳しい社会のまなざしを忌避し、教員を志望する若者が減っていく。その結果、教員をめざす学生の「質」が低下する。しかも、教員採用倍率は今後も低下することが見込まれ、採用のところでふるいにかけようにも、その選抜自体が十分働かなくなる。質の低下を伴って、大学入学と教員採用の二つの関門が大きく開いてしまうのである。

この国の教育にいま、起きていること 第六回免許更新制と教員受難のパラドクス
苅谷剛彦

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    • 教員免許の国家試験化 id:kmiura:20070123#p4

[追記]

フィンランド人のひととさっき喋ってたんだけど、学校間に格差がないので平均値があがるのは当然だ、というようなことをいってました。