バリのおもちゃの話を書くのを忘れていた。写真まで撮っていたのに。

バリ・ウブドの市場でうろうろしていたら、通路に店をひろげたおもちゃ屋が輪ゴムでガタガタと動くワニのおもちゃを、ほれほれ、とばかりに無珍先生にこれ見よがしに見せつけた。明白なる子供だまし。あっというまに無珍先生は夢中になり離れなくなった。さすが子供である。おもちゃ屋のおやじは、高度なテクニックでワニを操作しながら無珍先生を釘付けにし、私をちら見しながら値段を述べる。立ち去ろうとする私に無珍先生は重大な抗議をし、おもちゃ屋はここぞとばかりにワニを操る手をはやめ、口にする値段を下げる。2対1の孤独な戦い。かくなるあまりにベタな手口にひっかかるとは。

最初5万ルピーだ、とふっかけられたのだが、結局5千ルピーで手をうった。ちなみにルピーは一昔前のイタリアリラのようにやたらと安い通貨なので、一万ルピーが100円、ないし1ユーロぐらい。景気のいい気分になる通貨である。なにしろ5千ルピーのワニである。

バリで最初に憶えたのはインドネシア語での数の数え方。どこの国にいっても、数を現地語で知っていると便利だが、特にインドネシア語は島ごとの言語のメタ言語なのでいわば国際語である。インドネシアは数々の島から成っており、その島と島の間で通商を行うための共通言語が必要になって現在のインドネシア語が発達したとのことである… というのはホテルのレセプションの若者の前に座り込んでインドネシア語を教えてもらった際の耳学問である。

そのためにか、インドネシア語はとても習得しやすく発音も容易(いやはや冠詞がない言語はスバラシイ)。バリの人たちも通常バイリンガルであり、母語であるバリ語に加えインドネシア語もしゃべることができる。ある程度英語をしゃべることができると(英語圏以外の)国際社会でどうにかなるように、インドネシア語は下手でもカタコトを喋ることができると、インドネシア文化圏の人間として扱われるらしい、と滞在の後半になって体感した。とても楽しい風通しのよい言語だなと思った。この点、国際英語によく似ている。

下の写真が無珍先生のワニ。背中の穴から出ているヒモを引っ張ると、内部の車輪についている輪ゴムがよじれ、手を離すとワニがガタガタと前進する。胴体部分はふにゃふにゃのプラスチックで、手で彩色されている。無珍先生はとても気に入って犬の散歩のようにつれてまわっていた。

裏をかえすと、太いU字の針が左右の側面についており、輪ゴムがその間に渡されている。背中の穴に出る紐がまかれた円柱状の石にその輪ゴムは通されており、引っ張って離すとゴム動力で前進する仕掛けになっている。昔同じようなおもちゃを私も糸車(というのかな、ミシン糸が巻かれている木の円柱である)と割り箸で作って戦車にみたてて走らせていたものである。鰐の駆動部、円柱状の石は微妙に非対称でギザギザしており、そのためにガタガタと動く。これは意図的なのか手作りの結果なのか、判断しがたい。

ドイツに帰ってからすぐに輪ゴムが切れてしまったので、とりかえてみたが、輪ゴムの張力がつよすぎるようでどうもうまくない。夜店のおもちゃここにあり、である。いろいろ調整してみたが、どうも以前のようにはいかない。最終的にはヤモリの代わりに窓に飾るか、などなどと、結果、50円分でずいぶん楽しんでいる。