メディカルステート・医療立国のススメ
救急車に乗った患者が何軒もの病院での診察と処置を断られるというような話を結構目にする。報道機関発表の記事では、対応しない病院を告発する形の記事が多い一方、医療従事者のほうからは実際にギリギリのところまで働いていて余裕がなくなっているのだ、というネット発の記事を多く見かける*1。「たらい回し」問題に関して、この一日で立て続けにいくつか記事を目にしたのでまとめつつ私が思うことなぞを最後に書く。
一つ目は内科医の方の記事。なぜ「たらい回し」が起きるのか?
なぜ政府がベッド数を削減しようとしているかというと、医療費削減のため。やっぱり、根本はコストの問題にぶちあたる。「たらい回し」が起きる理由の一つは、お金をケチったからだ。日本は医療にお金をかけなさ過ぎなので、何かをあきらめなければならない。大雑把に言えば3択。医療費をつぎ込むか、「たらい回し」を許容するか、医療レベルを下げるかだ。
NATROMの日記
同時に”たらい回し”への対処としては「空床状況がネットでリアルタイムに分かるシステム」が提言されている。これはあくまでも暫定的なパッチだろう。結局は上の三択からひとつ選ばなくてはならない。
二つ目の記事は高村薫さんによる新聞に掲載されたエッセイ。上の”医療費削減”は医療の高度化による必要人員の増加、器機等に関する経費の増大によって事実上生じている、とした明晰な文章である。
医療制度崩壊の元凶 最先端医療の普及に追いつかぬ国庫負担 中日新聞 2008年2月12日
しかし、それだけでここまで急激に医師が足りなくなるはずがない。いま起きているのは、医師の絶対数の不足である。
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単純な多い少ないではなく、むしろ近年の医療の急速な高度化に見合うだけの医師数が、結果的に確保できていない
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これはもはや医師不足だけではない病院経営の問題であり、医療にかかる諸経費が、国の決めた診療報酬で賄えない事態を意味している。要は採算の問題であり、国民皆保険制度と、それを支える医療費の国庫負担の問題である。医師不足の問題も、結局はここへ行き着く。
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MRI(磁気共鳴画像装置)など当たり前という高度医療の普及が、結果的に高度な手術、高度な管理を当たり前にし、医療全般により多くの専門医や看護師を必要とするようになったこと。そして、私たちの誰もが等しくその高度医療を求めるようになったことが、この医療費の増大を招いているという現実がある。
三つ目の記事は神戸の開業医の方。
絶望感の深さ
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20080214
つまり医師を増員して欲しいです。人が増えないと、鞭打たれようが、ニンジンをぶら下げられようが、もう働けないの実感です。本当に消耗している状態とお考え下さい。消耗しつくしてしまうと「収入が高く、社会的な地位も高い」であるとか、「社会の尊敬と期待にこたえて」みたいな言葉は犬の遠吠えほどにも心に響きません。もちろん医師の心を凍らせる訴訟問題はさらに心を萎えさせます。
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もちろん医師不足であるから医師確保対策なるものが打ち出されています。しかしこの確保対策なるものの根本が
どこからか医師を連れてくる
医師は医者馬鹿である面を否定しませんが、通常以上の情報分析力があり、ネットの普及により情報収集力も十分備えています。難解な政府文書や統計資料も読むことも理解する事もできます。その結果、医師は知ってしまったと思います。「どこから」かの「どこから」など日本に存在しない事です。どこからか連れてくれば、連れ去られた方がその瞬間に悲鳴をあげます。どこかを充足させれば、その代わりに多くのところが足りなくなります。間違ってもすべての医療機関を充足させる医師など初めから存在しない事です。@新小児科医のつぶやき
これらの医療サービスの現場の話を眺めていると、私もまた先進医療が金持ちの特権になるまで後どのくらいかな?と思う。救急車を呼んでも、カネが払えないとわかったら乗せてくれないというような「たらい回し」回避の状況も近いのではないか*2。
日本は科学技術立国とか言ってたけれど、医療立国構想をあらたに立ち上げたほうがよいのではないかと思った。ひとつには国内の医療不足を解消するためでもあるが、「医療のために金を使う」発想から医療を国の産業の中心としてすえることで国全体が医療にかかわり、それで飯を食うという発想をすれば、一石二鳥である。知る限り日本の医療関連機器の性能のよさは世界中で知られているし、それを扱う人間の巧みさもまた実感として日本が優れていることを私は感じる。高村さんがいうように、医療関連機器・プロトコールの複雑化は、かならずしも医者だけではなくエンジニア等の管理者への需要を急激に増大させている(先日画像処理のエンジニアが病院に就職したんで、へえ、とか思った)。優秀で適切な医療費であれば、海外からわざわざやってくる患者も増大するだろう。観光よりもよっぽど効率のよい外貨獲得手段である。日本の食文化が世界にアピールしている「健康」というイメージも宣伝に役立つ。また外交戦略としても国を挙げての医療中心国家はポジティブである。「日本で治してもらった」という経験を持つ人間を世界中に持つことはまず第一の安全保障だ。また、最先端医療を引っさげて世界中に24時間以内に到達できるチームを設置する。自衛隊をイラクに送るよりもよっぽど対外イメージを向上させ、結果として国を守ることになる。なんてことを考えていたら、実際そんな「医療立国論」を言っている人もいるようで、その著者の方のインタビューも最近出ていたようだ。
著書「医療立国論-崩壊する医療制度に歯止めをかける!」を昨年5月に発表した。政府が骨太の方針2006で毎年2200億円の社会保障費削減を求めるなど、医療を国の負債とする考えから脱却し、医療に投資することで国を活性化させようとする考えを中心に据えている。特に当時の厚生省の吉村仁保険局長が 1983年に発表した、社会保障費がこのまま増大すると日本の社会の活性が奪われるとした「医療費亡国論」とその流れを継いだ現在の医療費抑制制作を辛辣に批判。日本の医療はアクセス、コスト、質の点で優れており、
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日本医療「崩壊」から「立国」へ 帝京大学医学部名誉教授・大村昭人氏
読んだわけではないけど、いずれ手に入れて読んでみよう。
- 作者: 大村昭人
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[追記 080227]
医療立国関連の記事のリンクを追加する。一般にはあまり議論されていないみたいだなあ。目下感じる懸念があるとすれば(本も読んでいないのに言うが)、科学技術立国の考え方がそうであったように”テーラーメード医療”といった超最先端医療のみに価値と意味がおかれた”医療立国”構想になりかわってしまう可能性である。これでは立国ではなくたんなる産業である。大村さんの意見を読んでいると、そのあたりのことは了解済みのようではあるけれど。それにしても、科学技術立国の構想にあった「ノーベル賞を20年で10人(だったかな)」など、まるで「来年度のうちの高校からの東大合格者数を10人に」みたな発想だった。某長有名生物学者をものすごいカネを払って沖縄につくった大学院の学長にしてみたり。立国、というところからは程遠い。
中央公論2007年6月号 医療立国 医療費増額と関連産業再建が医を荒廃から救う 大村昭人
「医療費増額が医を荒廃から救う」 CBニュース 2008/01/15
【シンガポール】05年の医療目的で入国の外国人40万人超す
外国人看護師受け入れと医療立国の道@ 時空を超えて Beyond Time and Space 2006年02月08日
[追記 080728]
医療立国ということで、基礎医学を中学生ぐらいで学ぶことにしたら、家庭・路上での応急治療を誰もが適切に行えるようになったりするかもしれないなあ。
基礎医学を義務教育化したら、どんな効果が予測されるか
医療ジャーナリスト 海老原 幸雄
http://mediasabor.jp/2008/02/post_324.html
*1:特にサイト”天漢日乗"では医療崩壊を扱った記事がおおい
*2:さらにこれら三つの記事を眺めていて私の中では関連するのだが、先日Youtubeで眺めた長距離バスの運転手の苛烈なる低所得・長時間労働状況の報告の中で、低価格競争のプレイヤーたる新興旅行会社の社長が「低価格と運行の安全性の向上は両立する」と断言していたが、そのしわ寄せはもちろん長距離バスの運転手に行く。大学生二人の娘がいる運転手の年収が360万円だとか。かつて観光バスの運転手だったころには600万円だったそうである。医者にしろバスの運転手にしろ現場の人間の努力に「低価格と運行の安全性の両立」ないしは「医療の高度化で逼迫する人員・増大する経費と、医療サービスの維持の両立」の圧力が加わっている。