科学技術行政のアウトソーシング

VIB(http://www.vib.be)というバイオベンチャーの社長がうちの研究所にやってきてセミナーをした。ベルギーのフランダース地方の会社で、死者累々のバイオベンチャーの中では、特に欧州内で成功した例として有名な会社である。この手のセミナーは、特許の部門が研究所内にできてから結構頻繁に行われているのだが、私はこれまで参加したことがなかった。大ボスと昼飯を食っているときに、「おもしろいから見に行け」という。興味はないが、そこまでいうんだったら行ってみよう、とセミナーに行ってみた。
意外なことに結構おもしろかった。テクノロジートランスファーをしている会社、というから、特許の話か、と思って聴きはじめたのだが、それよりもおもしろいと思ったのは、政府が行うような科学技術行政をこの会社が事実上請け負っている、ということだった。フランダース地方の大学の中で特にめぼしいラボを選び、政府から特別予算をもらってバーチャルな研究所をまず作った。バーチャル、というのは物理的な建物がないからで、優秀なラボだけを一まとめにして、そこに資金を集中投資したのである。VIBはこうした予算の配分と、研究成果の厳密な評価、次回の配分額の決定、研究者同士の交流、産業への技術移転などを行う。1994年に始まったというVIBの仕事は見事に成果を挙げて、トップジャーナルの掲載数も、技術移転額もうなぎのぼり、というまさに夢のような話である。
ここまで読んでいて、日本の科学行政に詳しい人ならばすぐに気がつくかもしれない。なんだ、日本の科学技術事業団(今は文科省に吸収されたが)がやっているようなERATOとかと一緒じゃん。そう、日本が科学技術立国の名の下に鼻息をあらくして邁進しているのは、まさに資金の大量集中投入、厳しい競争原理の導入、技術移転の奨励ということだ。でもこれが違う。一つにはVIBが官僚集団ではないという点である。二つ目は対象となる地域が極めて限定され、バーチャル研究所の人員も院生までいれて800人を超えない小規模であることである。
いってみれば、ベルギーのフランダース地方は研究の管理体制を役所からVIBという科学者が中心の会社にアウトソースしたのだ。ゆえに小回りがきき、研究内容やその問題を正確に把握することができ、効率を重視した管理体制が出来上がる。ちなみに日本では研究経験のない官僚がそのまま科学技術行政を管理する人間になっている。ゆえに日本で一番インパクトファクターが高いのはネイチャーおよび系列誌ならぬ朝日新聞に掲載されること、なんて情けないことになる。二つ目の人数と地域限定型、という点も、キメの細かい評価システムや、人間関係の構築にとてもうまく働いている様子が伺えた。確かに会社の宣伝なのだから、問題点はあまりいわないだろうけれども、なるほどー、と私は思った。
予算の配分・評価・技術移転・特許化といった研究管理体制のアウトソース、というアイデアは仕事がなくなってしまう官僚にはあまり好かれないかもしれないが、私のこれまでの経験から言って研究者に無駄な書類を書かせることに奔走している割に、新しいシステムの構築や研究体制の本質的な改善に鈍重な官僚に比べたらよっぽどムダがなくていいのではないか、と思えた。
…というわけで、さいですかーふむふむ、と見事に丸め込まれて話を最後まで聞いてしまった。セミナーが終わってからため息。かえりみすればなにをやっているのか自分でも分かっていないんだろうなー、という日本やドイツの科学技術官僚たち。彼らの仕事、ぜひともアウトソースしてほしい。