法的脳死判定後の長期脳死の事例

再び森岡さん経由。これはヒドい。
下記、富岡議員は外科医師から長崎県会議員、のちに衆議院議員になった人間である。その富岡議員の7月7日午後の発言。

富岡勉衆議院議員

委員の御指摘のとおりだと思います。すなわち、小児について、脳死状態であっても、髪や爪が伸び、また、歯が生え変わる、そして成長を続けていくという、いわゆる長期脳死の事例が報告されていることは、わたし自身も承知しております。

しかしながら、これらの事例はいわゆる臨床的脳死と診断されているに過ぎず、臓器移植法において求められる厳格な法的脳死判定に係る検査、すなわち、無呼吸テストや、時間をおいての二回の検査が実施されているわけではございません。

こういうった意味におきまして、このような状態にあるものは、法的に死とされているわけではございません。小児の脳死判定に慎重さが必要であることはもちろんのことでありますが、単なる臨床的脳死と法的脳死判定により、脳死とされていることは、区別して議論する必要があると思います。

二段落目が問題、というか午前中の審議内容を素通りし、よくもまあこんなうそを言えるものだ、と思う。上記発言のあった同じ日の午前に森岡さんが説明した、法的脳死判定後に長期にわたって脳死のまま成長し続けた小児患者の報告詳細を下記に添付する。

兵庫医科大学脳死判定後死亡まで312日間、身長が74cmから82cmに成長
 久保山 一敏:300日以上脳死状態が持続した幼児の1例、日本救急医学会雑誌、11(7)、338−344、2000

患児    :生後11ヶ月の男児、身長74cm、体重8.7?
主訴    :頭部外傷後の意識障害
生活歴   :36週正常産、生下時体重3,212g、発育は正常
既往歴   :5日前から感冒様症状

現病歴
 自宅で絨毯を敷いた板張りの床で後頭部を打撲し、すぐに激しく啼泣した後、上肢を屈曲硬直させる全汎性強直性痙攣が約10分間持続した。直ちに近医を受診したが、意識障害が遷延し、呼吸抑制が持続するため、転倒1時間後に当部に転送された。

来院時現症
 意識レベルは、JCS200、GCSE1V1M2で除脳硬直肢位を呈していた。両眼球は上転位で瞳孔径は両側とも2.5?、対光反射は両側とも迅速であった。血圧65/45?Hg、心拍126/min。腋窩温35.5℃、呼吸様式は陥没・努力様で、呼吸数は27/min。顔面は蒼白で全身の皮膚に冷感を認めた。体表に外傷はなかった。直ちに気管挿管、静脈ルートの確保、動脈ラインの確保を行った。頭部CT scanでは、大脳半球間裂の急性硬膜下血腫とびまん性脳浮腫を認めた。

臨床経過

第  1病日:調節人工呼吸下に浸透圧利尿薬投与、軽度低体温療法(34℃)を施行した。
第  2病日:
 両側の瞳孔散大、対光反射消失、急激な血圧低下を来した。血圧はドパミン8μg/kg/minで昇圧できた。頭部CT scanで脳浮腫の増悪を確認。アトロピンテスト(0.25mg iv)では反応は見られなかった。
第  3病日:尿崩症の合併を認めたためデスモプレッシンの点鼻投与を開始。頭部CT scanで脳タンポナーデを確認。
第  5病日:平坦脳波を確認。
第  6病日:聴性脳幹反応(ABR)検査で全波消失を確認。患児はすでに脳死状態にあると推測した。
第  8病日:
 成人の脳死判定基準に即した神経学的評価を無呼吸テストを除いて行い、全項目の満足を確認し、併せて平坦脳波を再度確認した。両親はこれを論理的には理解しても感情的には受容しなかった。
第 14病日:
 無呼吸テストを含めた脳死診断を行うため、直腸温を34℃から35℃まで復温し、深昏睡、両側瞳孔散大固定、全脳幹反射消失、平坦脳波を確認した。
第 15病日:
 無呼吸テストで自発呼吸消失を確認、聴性脳幹反応(ABR)検査での全波消失と、アトロピンテストでの無反応を再確認した。患児の神経学的所見は不可逆的であり、脳死状態にあると結論した。以上の結果を両親に示して、患児がもはや脳蘇生の対象ではないことを説明した。両親の同意を得たため、循環・呼吸など全身状態に対する維持療法は継続したが、第17病日以降は浸透圧利尿薬投与と過換気療法を中止した
第 26病日:
 播種性血管内凝固症候群が、第51病日には深在性真菌症の合併が顕在化し、これらにより死の転帰をとるものと予想された。しかし患児は一般治療に対して良好な反応を示し、これらの合併症は沈静化した。
第 29病日:Doppler法により頭蓋内に血流が感知されないことを確認。
第 30病日:脳波は平坦、聴性脳幹反応(ABR)検査で全波消失を確認。
第 44病日:脳波は平坦、聴性脳幹反応(ABR)検査で全波消失を確認。
第 55病日:Doppler法により頭蓋内に血流が感知されないことを確認。
第 58病日:Dynamic CTで頭蓋内血流途絶を確認。
第 65病日頃:
 大泉門直上の頭皮が膨隆し、以後徐々に増強した。脳血流停止に伴う脳実質の自己融解が、これ以前に始まっていたと推測した。
第 90病日:
 比較的緩慢な四肢の伸展・回内運動と、腹壁の不規則な収縮運動がみられるようになった(当初は体位変換などの刺激で誘発されていたが、徐々に自発的に出現するようになり、全期間を通じて持続した。著しい時にはあたかも踊るようにみえる体動であり、両親に心理的動揺を与えた。この運動様式は合目的的ではなく一定の様式を呈しており、意志による自発運動とは明らかに異質であった)。
第120病日:
 不安定だった循環動態が、以後徐々に安定化していき、当初から併用していたドパミン、デスモプレッシンは漸減することが可能になった。
第123病日:水分や栄養の補給は、当初からの持続点滴に経管栄養を併用。
第133病日:脳波は平坦、聴性脳幹反応(ABR)検査で全波消失を確認。
第134病日:頭部CT scanで脳実質の液状化に伴うと思われるniveau形成を認めた。
第139病日:
 大泉門直上の頭皮が自潰し、灰白色膿汁様流出物を認め、以後全経過を通じて持続した。この流出物の病理学的診断は融解壊死脳組織であった。
第149病日:ドパミンは中止できた。
第204病日:
 頭部CT scanで融解した壊死脳組織が流出したことによる脳実質の減少を認めた。Doppler法により頭蓋内に血流が感知されないことを確認。
第217病日:
 脳波は平坦、聴性脳幹反応(ABR)検査で全波消失を確認した。患児の運動が脳由来か脊髄由来かを鑑別するため、短潜時感覚誘発電位検査(SSEP)を施行したところ、電気的反応は頚髄レベルでみられるのみで、大脳皮質では認められなかった(ついで第218、219病日に行った脳死判定で、患児の脳死状態は再度確認され、患児の自発運動は脳由来ではないと確信した)。
第218病日:
 「小児における脳死判定基準に関する研究班」の基準案に則って第1回、第219病日に第2回の無呼吸テストを含む神経学的評価を行い、基準案を満たしていることを確認。
第229病日:Dynamic CTで頭蓋内血流途絶を確認。
第245病日:デスモプレッシンは中止できた。
第253病日:身長82?まで増加。
第299病日:頭部CT scanにより顕著な気脳症を認めた。
第325病日:敗血症性と思われる腎不全が顕在化し、急速に悪化。
第326病日:死亡。

考察
1. 本症例の脳死診断
 本邦では現在、小児の脳死判定基準は確定していないため、本例を法的、社会的に脳死と呼ぶことは適当ではない。しかし、以上の検査所見と臨床経過より、医学的には本例は早期から脳死状態にあったことは間違いない。
2. 脊髄自動運動(spinal automatism)
 患児の脊髄自動運動の出現時期が、第90病日と成人脳死例と比べて遅く、以後も心停止まで長期継続している点が、異なっている。幼児の脊髄が成人に比して脳死後も融解壊死に陥りにくいことを示しているのかも知れない。ただし本例の脊髄の状態は、病理解剖が両親の同意が得られず行えなかった。
3. 脳死状態における長期全身管理
 近年、脳死状態と診断された小児例のなかに、成人例に比べて著しい長期間心拍が持続する例が、学術報告に散見される。これらの報告から、小児脳死例はすべて長期にわたって心拍が持続すると結論づけるのは適当ではない。しかし、成人例からは類推できないほどの長期間、心拍が持続する例が脳死小児にあることは事実と思われる。なぜ、小児でこのような脳死下長期安定例が生じるのかは明らかにされていない。
 小児と成人の最大の生理的差異は成長である。本例では成長ホルモンと甲状腺ホルモンが、T4が基準域内であったことを除くと基準域以下ながらすべてが測定された。また、身長は一貫して増加傾向を示していた。この成長のメカニズムのなかに、全身状態の長期安定化に寄与する因子がひそんでいるのかもしれない。
 本例では、病初期に必要であった抗利尿ホルモンから慢性期には離脱し得た。このことは、慢性期に抗利尿ホルモンが自己補充されたか、腎が抗利尿ホルモンへの依存から脱却した可能性を示唆する(当サイト注:p341に各ホルモンの濃度推移を掲載)。
   また、循環系のドパミンへの依存度は慢性期に漸次低下し、ドカルパミンの投与を要するだけになった。体内のカテコラミン環境が脳死下で変化していったことが推測される。これらの事実は、脳死に対して小児にはある程度、適応能力があるのではないかという想像をもたらす。
 本例では、下垂体前葉機能の一部が長期間維持されていた。脳死下での下垂体機能の一部が残存しうることは諸家の報告にあるが、それらは成人例でのものであり観察期間は本例ほど長期ではない。この内分泌機能の長期維持と、spinal automatism(脊髄自動運動)が示唆した脊髄の長期保全は、脳死下の小児の特殊な現象かもしれない。脳死下小児における成長や内分泌メカニズムの解析は、小児の脳死下病態の特殊性を解明する手がかりになりうると思われる。さらなる知見の蓄積が待たれる。

http://www6.plala.or.jp/brainx/recovery0.htm#238d-growth-11m