歴史の記述

小学六年生の時に、それまで私が生きた12年間の経験、起こったことをすべてノートに書き記そうと思い立ったことがある。記憶をすべて書いてしまおうと思ったのだ。分厚いノートを用意して、いざはじめてみたもののしばらくしてとても困ってしまった。すべてを書くにはあまりに時間がかかる。多分一生かかってしまう。ライフワーク。そのことに気がついた私は机に突っ伏した。挫折である。おかげで小学六年生以前のことを私はずいぶん忘れてしまった。比較するにはあまりにくだらない例でもうしわけないのだが、

野家は、そうした「忘却の穴」は「神の眼」でしか見通せないからこそ「物語りえぬことについては沈黙しなければならない」と言う
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「語りえない」ものと「語りうる」ものの可能性の中で主体は分裂しているが、他方で「語りうるもの」と「語りえない」ものの間にこそ「証言」の主体はあるのだとアガンベンは言う。
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「語りえない」ものと「語りえない」ものの生起する可能性において、主体は分裂と隔たりに還元しつくされないのである。したがって「脱主体化の主体」であることこそ、「証言」の主体の条件であるのだ。
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「忘却の穴」と「証言」は別々のものではなく、「忘却の穴」こそが「証言」を構成する不可分なものである。

「歴史=物語」の倫理学―《痕跡》と《出来事=他者》のあいだにある「主体」について―
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20081218/p1

禅問答を思い起こそう。拍手を打ったときにその音が生じたのは右手か、左手か。そして右手が<忘れてしまったこと>。左手が<覚えていること>。音が生じるにはその双方がぶつかること。

一方デリダは実に細かいことを言う。右手と左手っていうけれど、右手の小指と左手の親指は微妙にずれててその部分は空打ち、音をたてていないでしょ、という。だから音は忘れてしまったこと・おぼえていることのすべてから構成されているわけではない。空振りの部分は空虚に?歴史家にデリダは異議を申し立てる。もちろん、これは拍手の話では本来なく、殺され忘れ去られた人々のことである。細かいことをいうのにも十分な理由がある。

デリダは《散種》ということを言った。記憶(記録という方が正確だしこの場合はこの区別がとても重要だ)をばら撒くのだ、もっと無数の痕跡があることを思い知らせるのだ、と。それは、記憶を統整しようとする歴史家に対する抵抗であり、記憶に対して忘却の地位を逆転させることなのだ。重要なことは、ばら撒かれた《痕跡》ではなく、それをばら撒く《散種》なのだ。《傷》そのものの生成なのだ。デリダは「そこに灰がある」と言った。それは、歴史家がいくら「忘却の穴」を恐れようとも、あるいはユダヤ人の髪や骨まで焼き尽くしてしまったとしても、そこに灰が必ず残る、ということを言いたかったからだ。フロイトが、《痕跡》はけっして消えないと言ったことを信じよう。真の忘却の穴――つまり、無知の穴は、今日もいたるところに開いているのだし、そんなものを恐れても仕方がない。むしろ、記憶を玉座から引き摺り下ろし、忘却に戴冠させるのだ。それでも歴史家が勝利し続けるかもしれない、だが、灰は必ず残るのだ。
http://www.fragment-group.com/kiotanaka/criticism/52.html

忘れてしまうことは不可避だ。聞こえなかった音も仕方がないかもしれない。だからといってあきらめるのか。忘れてしまったこと、の膨大さに圧倒されながらもその忘れたことを書き続けるデリダを眺める私はデリダを尊敬する。忘れさせようとしたユダヤ人虐殺の計画者たち、つわものどもがゆめのあと、において地面に突っ伏して虫眼鏡で精査するように過去を掘り起こそうとする歴史家たちの一方で、我々は忘れているのだ、虫眼鏡を捨てよ、今喫茶店の隣に座った老人の所作に忘却を見出せ、と述べるデリダ。「ホロコーストって普通の名詞では単に全部焼却って意味で使いますよね」とイスラエル人のインタビューアーに答えるデリダ。これが撒種、である。我々はホロコーストと聞いた瞬間に大文字のホロコーストしか思い出すことができない。
でも突っ伏した小学生6年生の私はたんに歴史の記述をあきらめたのだ。書くのに一生かかるじゃん。オレの人生そんなに短くない(今から思えば、要点だけでも書いておけばよかったのに、と思う)。そして歴史の多義性の網目の中で、我々はなにも「そのこと」を知ることはできない。かくなる相対主義が全面化した状況において

対する処方箋とは何か。むろん言論弾圧でも思想統制でもなく、市民社会において私たちが史学とその立場を改めて信頼し、対して史学とその立場がそれに応えることしかない。大衆に迎合せよという話ではない。市民社会の信頼に値する仕事を市民社会に対して示すということ。つまり、自分で埋めた石器を自分で発掘してはならないということ。
http://d.hatena.ne.jp/sk-44/20081208/1228731776

聞こえていない音に思いをはせるべし、もしかしたら音にもならぬ空打ちした右手小指が起こした空気の微細な震えを別の方法で我々は測定することができるかもしれない。空気の震え、それは聞こえなくとも音である。もちろん、右手と左手のアクションをすべて計算しつくして、歴史上一度限り起きたその拍手を周囲の空気の流動を分子のレベルから再構成することは不可能である。でも確からしいことの極限まで、わかることの極限まで突き詰めよう、というのが学問だ。理論的に不可能、といわれたのに実験的に明らかになった事実がどれだけ世の中にあることか。理論は所詮理論でしかないのである。
小学6年生以前の私。それまでの人生すべてを書くことはあきらめた。おかげで今は思い出せないことがいろいろある。でももしかしたら当事隣に座っていた友達の実家のどこかに彼が小学生の時のノートが残っているかもしれない。そのページの端っこの落書きを眺めた瞬間、今の今まで忘れていた、その落書きがかかれた時間に教壇の先生がどんな顔をしていたのか、思い出すかもしれない。
私はそんなことをしようと思わない。でも史学者とはそんなことをやろうとしている人たちである、と私は思っている。