シンガポールの死刑制度

昨晩講師の面々とColbarという飲み屋*1でビールを飲んでいて、シンガポールの死刑制度の議論になった。一緒に座っていたのはインドから移民したシンガポール人、シンガポール在住のアメリカ人とドイツ人、短期滞在のスコットランド人、オーストラリア在住のスイス人。そもそもの話題は、タバコ投げ捨てでどのぐらいの罰金になるのか、という話から、数年前に車にスプレーで落書きして、棒たたきの刑に処された17歳のアメリカ人の話、昨年麻薬所持で死刑になったオーストラリア人の話になって、そもそも重い罰を与えて社会から犯罪を一掃しようという方針はよいのだろうか、わるいのだろうか、という話になった。
南インドからシンガポールの大学に入って苦労を重ねてようやくシンガポール市民になったS氏は、重い罰があることによってシンガポールの秩序は保たれ、犯罪件数はきわめて少ない、これこそ正しい社会のありかただ、という。ドイツ人やアメリカ人がすかさず、でもシンガポールでは年におよそ70人が死刑執行されている、それがよい社会なのか、と反論する。そもそもこの国の新聞を眺めていたらハッピーな官製記事ばかりで、一種の独裁国家だ、そんな国を単純にベストだなどとは思えない、という。私は、罰に対する恐怖にびくびくしながら生活する社会がすばらしいとは思わないな、とコメントする。すると、シンガポール人が、アメリカ人がそんなこというか、グアンタナモでさんざん人を拷問してイラクの市民に爆弾をおとすような国の人間がなにをいう、というようなことで、アメリカ人はあちゃあ、という感じで黙ってしまったけど、すっかり議論は白熱。
私がちょっとかっとなってしまったのは、この議論が進むうちに、シンガポール人が極悪人を無期懲役などといって刑務所に収監しているのは税金の無駄だし、片っ端から殺せばいいのだ、と断言したとき。そりゃないだろ、とそれまでビール瓶を掌でもてあそびながら耳半分に聞いていた私も議論に参入。たとえ極悪人であってもそれは社会の一部であるから殺すという形で排除し、なかったことにするのはそもそも正しいことなのだろうか、冤罪の例だってたくさんある、冤罪で殺してしまったらどうオトシマエつけるのだ、ということをいった。ドイツ人が続けて、刑に対する考え方はヨーロッパでは一般に教育的な意味がある、反省すること、更正する可能性を考えて殺さないのだ、罪に対する刑はシンガポールのような意味での罰ではないのである、と述べた。
シンガポール人は、でも罰がないからたとえばアメリカ、ヨーロッパ、日本には日常的に犯罪が起こっている、現実問題として犯罪の抑止には重罪を設定することが実に効果的なのだ、といい、ドイツ人が死刑は犯罪の抑止にならないという明らかなデータがある、と反論。続けてシンガポール人はだったらたとえば連続殺人魔のような明らかに邪悪な人間のことを考えよ、たとえば明らかに社会にとって害でしかない彼らはすぐにでも殺されるべきである、刑務所で飯を食わせているだけ無駄だ、という。まあ、それはそうかもしれない、とドイツ人の勢いが少々そがれる。連続殺人魔のような明らかに邪悪な人間であっても殺してはいけない、と私は説明を続ける。たとえば最近でもトウキョウで連続通り魔事件があって、何人もの人間がナイフでさされて死んだ(ドイツ人が、半分ぐらいはトラックで轢いてころしたらしいけど、と補足)、日本ではなるべく早くこの殺人鬼を殺せ、というような議論がすぐに起こるけど、死刑にしたからといってこの殺人鬼がいたこと、という社会の問題はなくなるわけではない、だったら刑務所に閉じ込めて本でも書かせたほうが社会の役にたつ、と私は述べる。考えてもみよ、フーコーが精神病、監獄、性といった分野で詳しく解析したように社会が排除すべきと定義する人間の定義なんてものは、時代によって変わる、だとしたら今われわれがかくなる人間は極悪であると考えていることにもっともらしい論拠はありえない。科学者にしたってルネッサンスまでの中世には危険な存在と考えられていて外側から鍵をかけた大学に閉じ込められていた、たとえば今のあなたが科学者であるからと火あぶりにされることは考えられないけど中世にはあたりまえの極悪人として断罪されてたかもしれないんだぜ。
それでも極悪人を処刑してなにが悪い、といいつづけるシンガポール人を眺めながら、あーあ、何かちょっとずるい議論の仕方をしてしまったな、と思ってたらアメリカ人が横槍、で、鯨を殺すのはいいわけ?と私に聞く。少々絶句した私に一同爆笑、年嵩であるドイツ人が、まあ結論はでなかったけど、と場は次への話題へとうつっていった*2。それにしても年に70人の処刑、比較すれば日本の死神も形無しだな。
2001年の調査だけど、シンガポールではほとんどの国民が死刑を支持している。シンガポールでやたらと刑が重いのはかつての日本の占領政策に淵源するらしい。

レビュー:「リー・クアンユー回顧録[上]」 リー・クアンユー著 小牧利寿訳
http://home.a07.itscom.net/ac5/kansouvn/sin1.htm

彼(kmiura註 リー・クアンユー)は日本軍がシンガポールを占拠している期間で、かなりの多くのことを学んだと言うが、例えば日本軍が何か罪を犯した人間に対して極端に重い刑罰を科すことについて、リーはこれを肯定している筆致で書いている。シンガポールは日本の敗色が濃厚になりつつあった1944年には、物資不足でかなり窮乏した状況であったそうだが、それでも犯罪発生率は極めて低かったと言う。理由は、日本軍が科す罰が重すぎるので、犯罪を犯すことが市民にとってはよりリスキーである状況だったからだそうだ。リーはこの文章の最後に「私は刑罰では犯罪は減らせない、という柔軟な考えを主張する人を信じない。これは戦前のシンガポールではなく、日本の占領下とその後の経験で生きた信念である。」と述べている。現在でもシンガポールの刑罰は非常に重いが、これはリーのこの当時の経験から生まれたものであることを示している。シンガポールは政府の強権的な力によって秩序が保たれている、と主張する人は多い。

*1:かつてイギリス駐留軍の食堂だった場所だそうである。→リンク1リンク2。虫の音を聞きながら飲んでいて学生時代なんども訪れた屋久島で飲んでいたときの気分を思い出した。イギリスやスコットランドのエールがそろっている。

*2:実験国家としてのシンガポールの排除システムと"テロとの戦い"の相同性、アメリカで流行の"gated city"というトピックで私が口火を切ったのだがこれまた侃々諤々だった。