敵はトヨタか?

原油高に伴う派遣社員切捨てがその背景にあったのでは、といういっしゅの内部告発でもある次の記事。

秋葉原無差別殺傷】人間までカンバン方式
http://d.hatena.ne.jp/boiledema/20080610#1213114352

加藤某が働いていたトヨタの自動車工場の劣悪な労働環境は同じ青森県出身の鎌田慧さんの潜入ルポで有名になった話である。トヨタが敵、というのはわかりやすい。その先に原油高があるならもっとわかりやすい。でも、敵をそこに収斂させてしまうのはどうなのかな、と思う。原因をより詳細に吟味する上で、特定の名前を挙げることには確かに意味があるが、もうすこし問題を広く捉えたままで、考察をすすめていく必要もある。トヨタが消滅しても問題は解決するわけではない。トヨタに限らずあらゆる方面で鎌田慧的な言葉で使えば「人間の疎外化」は進行しているのだから、トヨタという名前を挙げることで溜飲をさげてしまうのは、本来の敵を見据える機会を逃すことになる(それは”空気だ"などと主張するつもりも毛頭ないが)。
なお、鎌田慧さんの今回の事件に関するコメントをちょっと探したら、通信社が配信しているらしい。京都新聞河北新報などに掲載されたとのこと。

地元紙・河北新報の一面コラムは「事件の背景に格差社会の存在を指摘する専門家がいるが、どうだろう」「惨劇の原因を社会のせいにされてはたまらない」と結んでいます。ところがその裏、二面に載ったルポライター鎌田慧さん(青森県出身)の寄稿は違います。1968年に連続射殺事件を起こした永山則夫元死刑囚のことから書き出し、今は「時代はもっと悪化し、夢や希望を若者に見いだせない下層化が深刻になっている」としています。鎌田さんは自動車工場で季節工と働き、そのルポルタージュで名をあげたライターですから、同じような経歴の容疑者へ寄せる思いは強い。「秋葉原の事件は、労働者を憂き目に遭わせてきた?つけ?ではないか。(中略)社会構造を変えないと犯罪は起き続ける」と現代社会を断罪しています。コラムニストとルポライターの見解がこうも違うと、読者は戸惑うばかりでしょう。
 落第コラムニストだった私自身は、一定の収入と安定が保証されているサラリーマン・コラムニストの見解よりも、鎌田さんの説に与したい。ただし、下層化が永山元死刑囚や鎌田・元季節工のころより進んでいると見るのはどうなのでしょう。容疑者は時給1300円、月収約30万円と社会面にあります。手取りがいかほどだったのか、わかりませんが、若く気楽な一人暮らしなら、最下層の生活でもなさそうに思えるのです。
http://blogs.yahoo.co.jp/aka59mahi/archive/2008/06/10

「月収約30万円と社会面にあります … 若く気楽な一人暮らしなら、最下層の生活でもなさそうに思えるのです」とあるが*1、昨日書いたように、貧困の定義はよく考える必要がある。所得に基づいて貧困を定義するのは、単に所得は計測・比較しやすいから、という理由だ。たとえば健康状態を計るのに、体重の変化はひとつの指標となる。しかし血液の成分分析をしたほうがより精密に体の状況を知ることができる。血液成分を分析するのが困難であるからより容易に計ることのできる体重変化をもってのみ健康を判断することにする、という理屈は可能であるが、その判断が不十分なものであることは誰にでもわかるだろう。

10日付けの京都新聞で「ルポライター鎌田慧」氏がコメントしていた。
社会派のルポライターであるだけに、今回の事件についても表層だけを見ていない。
その一部を紹介する。
「・・・・加藤容疑者はわたしと同じ青森出身で、地元の名門高校を出たが派遣労働という底辺で働いてきた。・・・しかし時代はもっと悪化し、夢も希望も見いださせない若者の下層化が、深刻な問題になっている。加藤容疑者は自動車工場に派遣されていたという。・・・派遣は季節工よりも労働条件が劣悪だ。必要な時にしか雇われない。そして食うのが精いっばいの不安定な生活を強いられる。収入が減ると家賃も払えない。追いたてられるような切迫感、どうにもならない焦燥感があったのではないか。
自動車製造は塗装工程などではロボツト化が進んだが、加藤容疑者が担当していたという検査工程は集中力を要する仕事で、精神的に疲れていた可能性も考えられる。自動車工場における「人間疎外」の実態は、わたしがいた当時とあまり変わらない。派遣労働者へのケアはさらに少なく、工場の同僚と酒を飲む憂さ晴らしさえできない。
犯行現場の秋葉原はIT産業の中心地で、加藤容疑者には羨望(せんぼう〕と反感があったと思う。秋葉原の事件は、労働者を憂き目に遭わせてきた「つけ」ではないか。永山(19歳連続射殺事件ー死刑執行※引用者補足)事件の時代は事件を社会問題と扱った。最近は事件をすべて個人の心の間題に帰結させる傾向があるが、社会構造を変えないと犯罪は起き続ける。
事件は労働者問題、格差問題を再考するよう、現代社会に突きつけりれた警告と考えたい。」
http://blog.goo.ne.jp/maetetsu1128/e/7c05fec04d45b08a35851a8e4c0a5b0e

「あらゆる人格を目的として扱い、決してたんなる手段として取り扱うことのないように行為せよ」 実践理性批判 カント

Act in such a way that you always treat humanity, whether in your own person or the person of any other, never simply as a means, but always at the same time as an end.
This is The Formula of the End In Itself. Kant is stating in this that it is never right to treat a human being as simply a means of working towards some end, but always an end in themselves. Kant described humans as "holy" because of this. It can never be right, therefore, to use any group of people for your goals, or to categorise any group as a minority that doesn't matter. This principle upholds the ideal of no discrimination based on creed, gender or age.
http://everything2.com/e2node/Categorical%2520Imperative

[addentum]
上で所得に基づいて貧困を定義するのは、単に所得は計測・比較しやすいからという理由だ、と書いた部分の補足として、以下の抜粋を加える。

所得格差に関する分析は,所得に関するデータを眺めていればよいが,不平等に関する分析はまず「何の平等か」,すなわち何を「焦点変数」とするかに関して答えを持っていなければならない。不平等を論じるためにはまず何の平等について論じているのかを明らかにしなければならないという点は,センが強調するところである(この点については本書2 〜3 ページでも触れられている)。同様に,貧困も低所得と見なすのであれば,所得に関するデータを眺めていればよいが,貧困を人々の生活や福祉(well- being )という観点から見ようとすれば,所得は全く不適切な指標でしかない。この点は,本書の分析がはっきりと示している。不平等や貧困の指標としてセンが提案するのは「潜在能力」(capability )である。しかし,一般にセンの潜在能力アプローチに対する批判は根強く,「特定の機能にかんする情報を系統的に収集することは,往々にして,所得・消費データの収集以上に難しいし,また機能が多層的な概念である以上,具体的にどのような機能の組み合わせを評価対象にすべきかという困難さがついてまわる」(3 ページ)と批判される。そのように批判する人たちは潜在能力アプローチの重要性については申し訳程度に認めておきながら,結局,所得によって貧困や不平等は捉えられるのだと開き直ってしまうのが一般的である。容易に得られるという理由で所得概念に逃避しているのかもしれないし,あるいは,そもそも何が本当の不平等であり貧困であるかに気がついていない,つまり何を焦点変数にすべきかという答えを持っていないだけなのかもしれない。
潜在能力に関するデータを得にくいから所得を用いるというやり方は安易である。所得では捉えられないところに不平等や貧困があるにもかかわらず,所得を眺めていたのでは本当の不平等や貧困を捉えることはできない。効用を最大化する人間観がいつの間にか所得を最大化する人間観に変わり,そんな人間観に慣らされてしまうと,そこから抜け出すのは難しい。だから,不平等や貧困というと,単純に所得に結び付けてしまう。

『アジア経済』XLV ‐5 (2004.5)池本幸生
書評: 佐藤宏著 『所得格差と貧困』(シリーズ現代中国経済7 )
www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Ajia/pdf/2004_05/bookreview_ikemoto.pdf -

*1:hazamaさんのブックマークでの指摘「ニュースウオッチ9の報道によれば、加藤の月収は手取りで約12万。少ない月で10万を切ることもあったそうだ。」。おしらせありがとうございます。