移動の自由

うちの研究所のセルビア人の院生と先日飲みながら話していて、ひどく苦労しているのだなあ、と同情した。なにに苦労しているかというと、国境を越えた移動、滞在に苦労しているのである。ドイツに来るには短期滞在であってもビザが必要、とのことで、奨学金が切れたら即帰国しなければならないのだという。審査はやたらと厳しく、不運なことに目下のボスのグラントが切れた彼女の場合、二週間後にはセルビアにもどらなければいけないそうだ。まだ博士論文の研究の途中なのだが、実家にもどって無理やり論文をまとめるのだという。
ちょっと前まで同じユーゴスラビアだったクロアチアの方はビザもへったくれもなく、EUのメンバーではないもののほぼEUのメンバー、ぐらいの感じで普通にドイツとクロアチアを行き来している。なぜここまで待遇が違うかといえば、ボスニア紛争解説)の際にセルビアが悪者としてメディアで扱われていたから、という背景がある。その後明らかになった細かい経緯をかんがみれば、セルビアを一方的に極悪国家扱いするのはどんなものか、あるいはそもそも民族間の紛争として解釈するのはいかがなものか、と私は思う。セルビアが一方的に悪者になってしまったのは広告代理店によるプロデュースだった、なんて裏事情さえある(このPDFを参照にしたらよい)。こうした”印象”がいまだに尾を引いているのを見ると、たとえばドイツや日本が「元ファシスト国家」として1945年からすでに半世紀以上たつのに、「危険な国」としての印象をいまだに世界から拭えていないのにどこか似ていて、そこにも同情してしまう。ユーゴの紛争の時にはまだティーンエイジャーになるかならなかったか、の彼女に責任はない。でも彼女はそれを背負って移動の不自由に甘んじている。
研究所には彼女以外にも二人セルビア人がいる。一人はドイツ人と結婚している。もう一人は三つの国籍を持っていて、父親がスロベニア人、母親がドイツ人で、生まれ育ったのがセルビアなのでセルビア人。いずれもセルビア外にパイプを持っている人たちだ。こうしたパイプのない上記院生のようなセルビア人はいわば”印象”の虜囚なのである。