クマト、ならびに牛の心臓

愛用しているトルコ人経営の八百屋がある。なぜ愛用しているのかといえば、八百屋のオヤジが八百屋然と「はいはい奥さん、スイカ安いよ」などと掛け声をかけるのががいいこともあるが、その息子がまたベランメエ口調のドイツ語でまくしたてるので八百屋気分が実に盛り上がるのである。私はバジルを買うことがおおいので、かならずおやじは「で、バジルの方は」と最後にかならず確認する。大量にうりつけようとするので、ちょっとだけにするのが毎回戦いである。
かくなる典型的な八百屋とはいえ、品揃えがプログレッシブであるという要素もかかせない。市場で新しい野菜を見かけるととりあえず仕入れてくるらしく、みたことのない野菜が並んでいるので、いろいろ試すことができるのがまた楽しい。このところさまざまな種類のトマトを仕入れてくるので、いちいちちょっとづつ買っては試している。ダメだったのは「クマト」。トマトの新品種なのだとかで、熟しても赤くならずどす黒い色になる。見た目が物騒なのでなんじゃこりゃ、と聴いたら「クマトっていうそうだ、うまいぞお」とオヤジがいう。この色にしてなにしろその名もクマト、である。桃太郎ではないが半分に切ったら、なかから小さな熊がごそごそと這い出してきそうでもある。好奇心で買ってみたが、熟していないトマトのような味で、しばらく放っておいたがやはり同じ味だった。小熊のロマンにも裏切られた。
当たりだったのは、こちらのトマト。”牛の心臓”なる名前、いかにも肉食文化なのだが、実際にハツの食感に良く似ている。熟した状態の果肉はその食感実にまろやかで、野性的なトマトの味がする。小学生の時分に畑でもぎ取って食べたときの記憶が蘇ってきてなにやら懐かしかった。久しぶりにトマトだけで食べる、というような食べ方をしている。ちなみに、このトマトは冷蔵庫に入れておくとたちまち硬くなってしまう。室温で保存し、食べごろをはずしてはいけない、というなんとも難しいトマトである。