Tord Gustavsen Trio "The Ground" release tour

ノルウェージャズっていうとニルス・ぺーター・メルフェア、ブッゲ・ベッセルトフトなどなど、独自の境地を開いていてなにかと昨今話題になるのだが、そのキープレーヤーの一人だ、というTord Gustavsenトリオを聴きにいってみた。ノルウェーキース・ジャレット現る!ってな宣伝文句、レーベルはECMということでなんとなく雰囲気は想像できるのだが、演奏は終始なにやら暖簾に腕押し的柔らかさで、私としては少々物足りなかった。演奏中に唸る、とか立ち上がる、ってのは確かにキース・ジャレットっぽいんだけど、ワイルドさがいまいち足りない。注目した点は、クラブジャズからのフィードバックかな、というようなドラム。逆流してきているんだなあ、と少々感心した。あとはこれは私だけの印象かもしれないが、トリオの世界では90年代以降のゴンサロ・ルバルカバの影響(あるいはキューバンジャズか)がすごく大きくなっているんだなあ、ということ。ルバルカバの亜流みたいな演奏をいくつかのラテンの曲で披露していた。でもそのチャレンジ精神は成就せず、なよなよな曲になってしまっていて、ルバルカバのようなここまでやって制御するか、というリズムとメロディー、狂気スレスレのキューバン・コードには程遠く、かなり失敗しているように思った。
演奏とは関係ないのだが、Tord Gustavsenの雰囲気が少々気になった。前から三列目でよくその立ち振舞いが観察できたのだが、エクスタシーでもキメているのだろうか、といううつろな顔で、若いのに胡乱な目。同じようなピアニストにはかつて辺鄙なホテルで出会ったことがある。そのホテルはアルプスの前衛山岳地帯の超ど田舎、というか山のなかの一軒屋だった。そんな辺鄙な場所だとは知らなかったので、夏タイヤで真っ暗な雪の山道を一時間近くトロトロ走ることになり、ケータイの波も入らんし、ここでエンジン止まったら凍死だな、と思っているうちにやっとたどりついたのだった。昔の城をホテルに転用している、というヨーロッパでは一般的なスタイルなのだが、ホテル経営者には独自の哲学があって、働いている従業員はヨーロッパ中の良家の子女のアルバイト、イチゲンさんは泊めません、というホテルだった。客は一人できている長期逗留者が多くて、晩飯は自然に泊り客が適当に集まって食べることになり、全く違う世界の人たちと喋りながら時を過ごすことになる。私は音楽プロデューサーだ、といういかにもゲイという人と毎晩飯を食っていた。他の客の噂話などを結構したりするので、こりゃトーマス・マンの世界、「魔の山」だな、なんて思っていたのだが、その自称プロデューサーが、クラッシックではかなり有名なピアニストだよ、といって紹介してくれたのが、その人だった。とても不安定な精神状態にあるようで、夕食のまえにサロンにあるグランドピアノでおもむろにピアノを弾き始めたりして、凄まじくうまいのだが、突然中座して、かなり年上らしいガールフレンドにこどものように甘えかかったりしている。体はでかいし、ハンサムなのでかなり奇異だった。
私がまだ逗留している間に彼と彼女は去ることになったのだが、なにやら去りがたいらしく、子供のようにイヤイヤをして彼女に訴え,彼女は彼女で子供をしかるようにピアニストをホテルから引きずり出していた。その彼の目が、ちょうどTord Gustavsenの目によく似ていたのだ。ピアニストにはなにか共通する、そうしたところがあるのかもしれない。

Tord Gustavsen Trio オフィシャルサイト
http://www.tordg.no/trio/