関心を呼んでいるみたいなんで、補足。
15日付で触れた「暗黙知」の対談、出展は手元に本がないので確認できないが、次の本の一部だったように思う。

ISBN:4492800727
科学技術で日本を創る
尾身 幸次 (著)

最近ゆで卵器なる機械を購入した。たまごをグリッドに並べて立て、付属のメスカップで半熟なら半熟に相当する目盛りまで水をはかりとり、ゆで卵器にその規定の量の水を満たす。蓋をして電源を入れると蒸気が発生、ゆで卵は熱せられ、水がなくなるとブザーが鳴り、望みのかたさのゆで卵が完成する。このように機能が特化した機械を買うのは場所がムダであほらしい、とも思ったのだが、使っているととてもラクである。

私はゆで卵の作り方をしらないわけではない。半熟の卵を作る場合には、水に卵をいれて、30秒沸騰させ、火からおろして1分30秒そのまま置き、おもむろに冷やすと白身は堅く、黄身はトロトロ、という私が一番好きな状態を作ることができる、という黄金の法則はたしかノンノの料理ブックで高校生の時分に習い憶えたプロトコールである。ゆで卵器がなくてもこれでゆで卵はつくることができる。

ただ、これにはやはりコツが必要である。もっとも難しい点は、沸騰の瞬間を見極めることである。水温を測定しているわけではないので、水が沸き立つ様子で判断して、30秒を数えはじめなくてはいけない。実際にはかなりあいまいに、お、ゴボゴボいいはじめたな、と見てからだいたい30秒、という程度の手順で行う。出来上がりにはばらつきがあるものの、だいたいにおいて再現可能であった。人に教える場合には少々問題が生じる。ここでいう沸騰とはこんな感じである、ととても定性的な教え方をする。ノンノの記述に従えばだれでもできるはずであるが正確にやりはじめたら温度計が本来ひつようなのであり、またタイマーも必要である。これなしにうまく望みのゆで卵を作るためには、沸騰点をみきわめるコツをしらねばならない。これはノンノには書いていないことだった。

日本でゆで卵器が売れているかどうか私は知らない。私が最初にゆで卵器の存在を知ったときに、なんてばかげた機械なのだ、と思った。そんなことを機械にやらせるなんてアホか、頭使え、という小さな舌打ち。この感想を今の私から眺めてみると、そこに暗黙知礼賛の気分が含まれているように思える。それはわるいことではない。職人気質とはそうしたこだわりから生まれるものだから。しかしそれは必要のないこだわりだ。他にこだわりエネルギーを傾けるべき対象はいろいろあるはずである。機械があるならば、こだわる必要はない。私は日本の「暗黙知」にはそうした無駄な話がとても多いと思う。くわえてこうした無駄な暗黙知が転倒して価値になってしまっている場面にも良く出くわす。一例としてゆで卵のことを思い出したので、書いてみた。