米国における科学者の研究はますます不自由になっている。一緒によくコーヒーを飲んでいたギリシャ人の友達が9月からいなくなり、ハーバードで構造生物の研究をはじめたのだが、こっちの仕事を終えなくてはと先々週から大西洋を越えて舞い戻っている。一週間でボストンに戻る予定だったのだが、ビザの問題があったとかで先週は足止め、さていざビザもできたし、とこの間の週末空港まで行ったものの今度は追い返されたのだとか。アメリカにいる日本人のポスドクの友達も、一時帰国したつもりが半年も日本でぶらぶらすることになってしまった、という話をちらほら耳にする。

アメリカの科学もこれで下り坂なのかなあ、と思っていたら次のような記事がサイエンスに掲載。

バイオテロに関係するような危険な生物を使って研究している研究者は、FBIに許可を得なくてはいけない、という法律が昨年議会を通過した。このため、該当する研究者は研究計画や指紋カードを提出してFBIによる安全審査を受けなくてはいけないことになった。この研究者審査の最終期限が明日の11月12日である。これまでにFBIに殺到した書類の数は実に9000通。FBIの方での処理能力を超えていて書類審査さえままならない状態。更に、指紋の提出に関してはその義務があることさえしらない研究者が多かったため、書類の再審査が必要になっている。すなわち明日以降、9000人の生物学研究者は、研究をすると法律違反、という研究総停止の可能性の危機状態であったが、微生物学会の陳情で先月末、「とりあえず書類が提出されていればよい」ということになった。

しかしである。書類不備、すなわち指紋カードの提出を失念した研究者は2000人とのこと。これらの研究者は明日からは研究所に行くと法律違反なのである。

私がこの二年米国に感じるのはテロリズムということに対する実に表層的な思想である。バイオテロ、といえば猛毒を出す細胞や細菌、ということで目の仇にしているが、デザインによっては培養細胞やどこにでもいる酵母に適当な変異を導入すれば人間に害のあるストレインを作成することも不可能ではない。微生物学の研究者の指紋を採取して締め付ければどうにかなる、という問題では明らかにない。

追記

参考になる記事。

Visa rules leave US colleges facing semester of discontent
GEOFF BRUMFIEL
Nature 423, 906 (26 June 2003); doi:10.1038/423906a
[Link]

Researchers rage at tightened restrictions on US immigration
GEOFF BRUMFIEL
Nature 422, 457 - 458 (03 April 2003); doi:10.1038/422457a
[Link]


イスラム諸国から米への留学生が激減=調査
[Link]

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更に追記。6日付けのネイチャーの記事。
US loses allure in foreign students' eyes
Nature 426, 5 (06 November 2003); doi:10.1038/426005a
[Link]
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