マッチ擦るつかのま庭は黴むせて

イギリスの東海岸
あれはどこだか忘れてしまった


  ジットリとした
  ヒンヤリとした
  ムシムシとした


台所のドアをそっとあけて
音をたてずに外にたってみる


暗い雲に空気はいよいよ淀んでいる
寒いはずの空気
じめっとしたワイシャツがなにやらまとわりつき
蒸した空気を胸に感じる
いっそのこと脱いだほうが


空気はどことなく冷たく
わたしはそこにしゃがんで
澱のような潮の匂い
湿ったレンガや
カビやら
隣家の生ゴミやら
やりきれない
あの匂いをかぎながら
あの歌をつぶやく


マッチスル
ツカノマウミニキリフカシ
ミスツルホドノソコクハアリヤ


  爆発的事象
  計画的避難
  冷温停止
  放射線管理区域
  風評被害
  県民健康管理調査
  原子力規制庁
  民主主義
  ケンカのイロハ
  復興予算


空虚な言葉が貨物列車に満載だ
しょぼしょぼと雨の降るドイツの冷たい秋に
あのイギリスの黴の匂いが一瞬鼻先をかすめる

身捨つるほどのコトバはありや


死に際し心拍モニタは止めましょう


そういわずに医者はのびあがり
手を伸ばしてモニタを止めようとした


とめないでください


医者はおどろいたように手をおろしむきなおり


こんな機械はもうみたくないでしょう


医者は小さな声でいった


わたしは首をふり


数字にはなれっこなのです
わたしは数字で生命を扱います
職業なのです


とめないでください


生命さえリアルにあらず
身捨つるほどのコトバはありや