4月某日

  • 先日のル・モンドの記事にあった「犠牲」の話がどうも頭を離れない。リスク論のはしごを外すようなところがある。例えば「10万人に1人がこれで癌になる」といったときに、「人間30%癌になるんだから、ほぼ無視」というのがこの一年よくみかけた議論の型だった。反論する側は「たとえ少ない確率であっても、事故によるリスクの上昇である」。これはリスクのsignificanceという土俵であって、たとえば生命を集団としてみるか個人でみるか、という視座の違いでもある。犠牲という捉えかたはこの土俵から外れる。微小なリスクの元で犠牲になったものの不条理は明白である一方、犠牲者以外は「犠牲に選ばれなかった」存在として犠牲を抱え続けることになる。この負荷は、原発事故のリスク論では捉えることのできないしかし無視できないなにものかである。
  • 京都駅前での細野大臣による広域処理キャンペーン現場からの写真
    • プロ市民の撮影についに成功、という感じですな。/小泉政権下のタウンミーティングでは撮影にいたっていない。/広域処理のPRに15億円(津田氏の記事による)とのこと、この方々の人件費も一部なのだろう。
  • 医者は科学を使う人間であって、科学をする人間ではない、と私は考える。
  • AnalysesOfFukushima
    • 昨年の事故以来の情報の地道な集積量がすごい。物理学者としての(退職なさっている方である)要所で挿入される短く的確なコメントも素晴らしい。
  • 福一4号機の耐震性について。補修後、実際どのぐらいの大きさまでだったら大丈夫なんだろ。というところから、発表されている耐震性の数字など以下にメモ。
    • 2011年04月17日東電記者会見(ロードマップ公表) 「4号機の耐震性。解析を現状モデルでやってみて、200数十ガルは持つという評価(略)余震もおきましたが、55ガル程度。最大の余震が120ガルですかね。」 http://t.co/UzhP2LfW
    • 2012年2月16日 松本氏は、4号機に関しては、(略)原子炉建屋の補強状況は、(略)基準値地震動の制限値までは余裕がある上、耐震補強工事も出来ており、600ガル、すなわち3.11と同程度まで耐えうる状態にあると回答 http://t.co/9QbGN5ex
    • 補強状況の写真などは以下のリンク(PDF)。東電発表資料「福島第一原子力発電所この1年 〜安定化への取組みを中心に〜 平成24年3月」p43, p44 http://t.co/ogDvSVMk
    • 揺れの参照値:311の福島第一で、200から580ガル(加速度)ぐらいの揺れ。新潟県中越沖地震(M6.8)、東京電力柏崎刈羽原発直下の岩盤で、1000ガル近くの揺れ。柏崎原発の1〜7号機の揺れは300から700ガルぐらい。
    • “風知草:宙に浮く燃料プール=山田孝男 - 毎日jp(毎日新聞)” http://t.co/xKfArUVP
    • 四号機のプール内の燃料配置に関するものすごく詳しい話。後半部分に議論のクライマックスがある。 / “遠藤先生による四号機の再臨界の危険性と解説 - Togetter” http://t.co/CE1jN9ai
  • 放出量
    • Largest Air Release via Stohl, et al: 36 Petabecquerels (PBq) Largest Ocean Release via du Bois, et al: 27 PBq Fukushi… http://t.co/K380admM
    • 今中さんのPDF、2011年11月。チェルノブイリに比較し「Cs-137は20-40%程度」とのこと。海に放出された分をStohl et al (2011)が勘案しているのか不明。オリジナルみてみないとわからん。 / “Microso…” http://t.co/c3jOTiMk
  • 欺瞞言語と東大話法
    • 言文不一致、ホンネとタテマエ状況下において実務的行為である事務が文の世界として独立、形骸が本質化し自走している状況(欺瞞言語−観念が実存となった、ともいえる)であって「東大」はその表象でしかない。 民主主義ではない、立憲君主であるというのもまた捻れだと私は思う。事実上日本は軍事占領下に未だにあり、半植民地、戦後は「反米」という通奏低音でくくることができる。それはシニカルな独立運動であり継続している。とはいえ「真の独立」(普通の国)は今となっては実にムダな努力だ。逆に国家の(諸国一般)形骸化を加速し、同時に国際企業に対抗できるするような方向で他の国々の人々と実質的な関係を深め、それをもうひとつの実存とすることで、パラレルな体制への結果的な移行を実現していくのが発展的なのではないかと私は思う。
    • イースターで休み。今日の予定は無珍先生の母親の上司だった人の家族と会うことだった。しかしながら先方の病気でキャンセル。向こうの子供と会うのを楽しみにしていた無珍先生の悲しみぶりが実に深く少々驚く。代わりに遠路車に乗って彼の好きなラーメン屋に。
    • 一昨年インドに研究室を持ったインド人の友人から「そっちに行きたいから招待状を書いてくれ」というので、日本みたいな事務への書類の都合か、と思って後回しにしていたら「招待状がないとドイツへのビザが出ない」と再びメールがあって慌てて書いた。申し訳ない、しかし国境、実にバカげている。
    • 彼はイタリアに行くのに「スイスを通るにはビザが必要だから」といって迂回して汽車に乗っていた。「バカげた制度だ」と私がいったら複雑な顔で「バカげているが現実だ」と答えた。現実にあるのだから、当人にとってはバカげているどころか大問題なのだ、と自分の軽率さを反省したのを今思い出した。それぞれにとっての自由という気分の根本には移動の自由という感覚が基礎を成している、というのが空間論の教えるところであるが、実際に例えばスイスが山としてだけではなく移動の障壁としてそびえ立っている、ということの不自由さ、そのことが与える、ある条件下での自由、という不自由さ。
    • 私なぞはたまたま日本人であり、そのパスポートは国連のパスポートよりも自由であるという世界に稀に見る移動の自由を条件として与えられている。たまたま、である。昨年の今頃私が恐れたことのひとつは、日本人の移動が放射線管理のため各国で制限されること。今の状況ならその可能性は低い。が、非日本の世界に(少なくともヨーロッパで)つつぬけなのに気づいているのかいないのか、自国民向けの「東大話法」日本政府に対する不信はこの一年でいやがうえにも高まっており、それが日本のパスポートが享受してきた自由さに影響しやしないだろうか。
    • まあ、そんなわけで、国会の調査委員会で黒川さんが「この会議を同時通訳で発信していることの意味」を度々(くどいほど)強調している。でもこの点に注目している日本国内ジャーナリストってあんまりいないよなあ、と思う。そもそも公式にUStreamで生放送、というのが凄いことだと思うのだが。すなわち、たびたび引用するが、ZDF記者の名言、4つの災害「地震津波原発事故、信頼の喪失」のうち4番目がでかいのは、日本の人が日本政府・エスタブリッシュメントへの信頼を喪失した、だけではなく、世界が、というもっと大きな部分が込められている可能性を考慮せねばならないのである。
  • ICRP Pub.96 『放射線攻撃時の被ばくに対する公衆の防護』ってPDFが昨年日本アイソトープ協会から無料配布されていたけど、今はアクセスできないんだなあ。”「科学」と「生活」をつなぐパイプ”がアイソトープ協会ウェブサイトの標語。
  • スペインでの経験。店で飯食っているときに突然停電して驚いた。友人も周りの客は驚かずにそのまま酒を飲んでる。で、そのうち客の中で電気関係に強そうな人がナプキンで口を吹きながらゆっくり立ち上がってしばしのちに回路を復活させ、ヒーロー扱い、拍手に囲まれながら席に戻ってみなで乾杯。
    • ドイツだったら少々の騒ぎになるだろうなあ。経験がないんでわからんが。でもレストランにはだいたいろうそくがテーブルごとにあるので、真っ暗にはならんだろう。客の中で修理が得意な人が立ち上がる、という部分はありそう。日本だったらどうだろな。店の人がやるのをずっと待っていそうな気がする。
    • 日本が最短期間で脱原発するんだったら停電に対応できるような環境と心構えを用意したほうがいい。停電がない完璧な社会よりもしばしの停電でもOKな社会に。生命に関わるインフラにとって電源は社会福祉である。たとえば病院には自家バッテリーなり発電機の設置を国庫がサポートすればよい。停電に普段から強かったら、災害にも強いはずだよな。ローカルなソルーションがいろいろあるということだから。
  • 高岡滋さん(水俣のお医者さん)の連続投稿、いつもながら水俣の経験を踏まえた参考になる現状分析だ。例えば水俣病の発生が現在であったと仮定して、猫の踊り狂っているのをみた私が「なんか変だな」といったら、「それでも科学者か!」といわれそうである。。生物学(特に生理学)の研究は本来はそんな感じで、ナマの現象を見て「なんか変」と感じたことから研究を立ち上げていく。長い時間のかかる話で、昨今はそうした経験をする人は少ないし、ましてや論理の構築や統計しかやっていない科学者には実感のない話だと思う。バーバラ・マクリントックなんてすごいよな。顕微鏡で延々と染色体を眺めて「遺伝子が動いているぞ」と思って、それを証明した。それを感じとる目は職人的なものだ。科学者すべてにそれがあると思ってはいけない。気づきの部分は科学的ではなく、直感。証明の過程が科学的。直感の部分はなにごとかをずっと観察していれば誰でも養うことのできるものだと思う。科学的な証明には、研究者としての訓練が必要。
    • 動く遺伝子」の日本語版って絶版なんだ。ひどい話だ。オススメしようかと思ったけど、中古しかない

動く遺伝子―トウモロコシとノーベル賞

  • “多分野交流演習『生命をめぐる科学と…”
    • 生命をめぐる科学と倫理、ではなくて、生命をめぐる政治について、これらの人々は議論しなくてはいけない。本来政治的な主題なのに科学・倫理という形で、非政治性を前面に押し出すから接点がみえなくなる
  • 論文のオープンアクセス運動 > “SPARChttp://t.co/x9eaYef9
  • “土田世紀が肝硬変のため逝去、43歳”
    • 合掌。『俺節』に頻繁に登場する秋田の酒、高清水が強い印象を私の中に残した作家。肝硬変とは。
  • “人類はまだ原子力を手に入れてない! - アンカテ”
    • "失敗ケースのシナリオが何もない。それを技術と呼べるのだろうか?" 国土が半分使えなくなる、というケースを冷静に議論できないという点でもなんかダメだなあ、と思う。
  • 岡本太郎の鯉のぼりをうちに掲げた。そよ風。「オヨガナイネー、マワラナイネー」と無珍先生が見上げている。かつて野宿旅行の最中の私が感激した雄大に泳ぐ高知の鯉のぼりの群れを、いつか彼にも見せたいものである。
  • バルセロナ来訪。この一年でなんと4度目。やはりここにはオーウェルの描いたポウムの雰囲気で(いまだに)横溢しているのであった。空港から直行した例のバル「タパマドレ」で「逆ストライキ」について歓談など。シチリアガンジーといわれるドルチェとか、イタリア人でも知らんのだよなあ。ちなみにドルチェのことはシチリア人に最初に教えてもらったが、北イタリアの人は大抵知らない。
    • 海岸沿いの学会会場に毎朝友人宅から原付で通う。
  • 昨年11月に出版されたこの本を予定外に注文。体系化の最前線ってやっぱりおもしろい。非暴力闘争っていうと、ガンジーキング牧師ぐらいしかイメージなかった

Sharp's Dictionary of Power and Struggle: Language of Civil Resistance in Conflicts

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