被曝リスクの計算について。

年齢による補正のない現行のもっとも一般的な被曝発ガンリスク計算をみてみる。
米国科学アカデミーの低量放射線の被曝における癌リスクを調査した委員会(BEIR)の2006年報告書(上記文献[3])にしたがえばリスク係数は5.1%/Svだそうである*1。被曝累積量をかければ、そのことで加算される健康に対するリスクを推計できる。20mSvの被曝であれば、単純計算で0.1%の癌リスクが加算されることになる。市民団体や、グリーンピースなど、環境保護団体が推奨するより高い値のリスク係数もあるが、ひとまず公式に算定される値をみてみよう。

原子力安全研究センターのウェブサイトにチェルノブイリの被曝に関する世界保健機構(WHO)の報告書[5]から、表12が日本語に翻訳されて紹介されている(リンク)。この表は今回の福島原発事故による健康被害のよい参考になると思われるので、下に日本語、英語双方を貼付けておく。チェルノブイリの「避難住民」「最も汚染した地域」「その他汚染地域」に表記されている平均線量(累積の被曝線量)を見れば、今の福島周辺の今後の健康リスクを推計する上で参考になる。たとえば、平均線量が7mSvの汚染地域では、今後10年の白血病発病者のうち5.5%が被曝によるもの、と予測される(このことは英語の方にのみ書かれている[6])。また、生涯リスクにかんしては白血病のうち1.5%が被曝によるもになるであろう、とされている(こちらは日本語、英語双方書かれている)。10年以内と生涯リスクの差は通常癌は年をとってから発病することを反映しており、放射線被曝は加齢に先立って発ガンを引き起こす、という意味である。

なお、これらの予測をおこなったCardisらは10年後に発ガンリスクをBEIR phase II と同じ5.1%/Svとして予測を更新している[7]。この論文にも低線量被曝のリスクがいくつかの表になっているが、まとめたものが上記「原子力安全センター」のサイトで日本語になっているので下に貼り付ける。

繰り返すが、この表から算定されるリスクを無視できるレベルとするかどうかは判断するのは個人だ。そして子供に対するリスクはより大きなものになることも留意せねばならない。

なお、福島周辺の実効線量(1cm線量当量、microSv/hr)の分布は奥村さんの努力で可視化されている(解説はid:oxon:20110411を参照に)。

今見えているものは半減期の長い核種のなので今後この値はなかなか下がることがないだろう(雨で流されることになれば地表でのレベルは低下するかもしれない)。示されている放射線率を滞在時間数でかければおおよその目安になる。内部被曝を加える場合には、以下のラフな推計をもちいることができる。

そこで、1986年にチェルノブイリで起こった原発事故における、ベラルーシ・ホメリ地域(原発から200km程度の距離)の方々の「内部被ばく」と「外部被ばく」がほぼ等しい、という解析をここでは採用する...
http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf (引用者注[8])

チーム中川 2011/04/02

つまり、測定値の累積から計算される外部被曝量を二倍すれば、おおよその被曝量、ということである。


[5] Burton Bennett et al.Ed., "Health Effects of the Chernobyl Accident and Special Health Care Programmes", Report of the UN Chernobyl Forum expert Group Health, World Health Organization (2006) [PDF]

[6]日本語の翻訳では「最初の10年の予測値」の行が省略され、右肩に「改変」と書かれている。

[7] Cardis et al. "Estimates of the cancer burden in Europe from radioactive fallout from the Chernobyl accident", International Journal of Cancer, (2006) [Link]

[8] Environmental Consequences of the Chernobyl Accident and their Remediation: Twenty Years of Experience. Report of the Chernobyl Forum Expert Group ‘Environment’ (2006) [PDF]

[9]
低線量の被曝の評価は実のところさまざまである。本文で私が言及したのはいわばボトムライン以下牧野さんの4月10日のメモから引用する。

低レベル放射線、特に体内被曝の影響については、色々な規制・勧告では いわゆる線形モデル、つまり、 1Sv で 10% の人がガンになるから、 1mSv ではその 1/1000、1万人に一人がガンになる、という考え方に よっているのですが、これが本当か、間違っているとすればどちら向きか、 ということについては議論があり、低レベル放射線は健康によい、と いう主張から全く逆に低レベル放射線は比例以上に危険が大きく、 対数的にしか効果が減らない(つまり、放射線強度が 1/10 になっても 危険は 1/10 でなく、ちょっとへるだけ)という主張まであり、 どれももっともらしい証拠付きで主張されている、というのが現状です。

今回の事故で福島・宮城から関東全域にわたって低レベルの被曝が起こりつつ あるので、数年後にはその影響が定量的にわかるようになってどの学説が 正しいかわかるかもしれないのですが、それでは手遅れなので、 危険が大きいとする側の学説が正しいかもしれないと思って行動する ことを考えるべきではないかと思います。

関東域は大した汚染ではない、と言われていますが、東京都新宿区の測定では 3/21-22 に降下した放射性物質の量は 1950-60年代の大気中で核実験が行わ れていた時期に降下した総量の数倍あります。核実験についても、 新生児の死亡率、低体重児の割合、乳ガンについて顕著な増加があった という調査もあり(例えば http://gallery.harmonicslife.net/main.php?g2_itemId=204)、 もしもこのデータが信用できるものなら関東でも大きな影響がでることになります。

また、東大柏キャンパスのデータでは新宿区の 10倍ほどの降下物があったよ うであり、大気中核実験の時の数十倍になるわけです。これが全く 無害なら大気中核実験禁止条約は全く無用なものだったわけですが、、、

*1:日本の放射線安全研究センターはこのBEIR VII Phase 2報告書[3]に対してウェブサイトで反論している。自然放射能と見分けのつかないレベルまで含めるのは合理的ではない、との反論だ。この反論自体が「合理的かどうか」というとあまり合理的ではないように私には思える。自然放射能のオーダーであっても累積値として相加的であると考えるのが本来の理屈だろう(というか、上の米国報告書は自然放射線被曝のことも含めて考察されているはずだ)。かくなるリスク計算ののちに個人のそれぞれの判断として「それは私にとってとるにたらないリスクである」と考える、ということでしかないだろう。それはともかくも反論するなら「実はそれでも健康に影響なし」的なことを日本語の人たちだけに向けてキリッとやるんじゃなくて、米国の調査委員会に手紙を送るなり、どこかのジャーナルにレターでも書くべきだろう。