ドラッグディーラーと鳩

スクーターで長距離を移動。というとパリからミュンヘンまで郵便配達用のモペットで制服姿のままオペラを見に行った名画『ディーバ』の主人公ジュールを思い出す。この映画をはじめて観た1984年ごろにはパリからミュンヘンといってもその遠さがあまりよくわからななかった。パリ→ザールブルュッケンーA8でミュンヘン、ということで車でも9時間以上かかる。スクーターでいったらどれだけかかるのだか。
その話を昨日の理論天文学のイタリア人ステファノにしていたら、ドイツに引っ越してくるときに彼はイタリアからべスパで引越そうと思っていたという。べスパでアルプス越え。自動車道が整備され、トンネルもある。ナポレオンの時代よりもはるかにラクだろうけれど、それでも結構なのぼりにくだりである。でも実際にはやらなかった、引っ越す三日前に愛車のべスパがつぶされちゃったんでね、という。この話がいかにもイタリアで面白かった。
当時ステファノはフィレンツェ郊外の村で6人の学生と一軒家を共有して住んでいた。引越しの用意で忙しい夜更けに、道路際の部屋に住んでいる友達がドアを激しくノックした。大変だ、お前のべスパが潰された、という。あわてて外に飛び出してみたら、大きなアメ車が道路標識を倒して家の庭を横切り、ステファノのべスパを路上駐車してあった車とのサンドイッチにし、その先の別の車に激突、大破している。小さな村にとっては大事故だ。運転手の若者は路上でぶったおれているが怪我はなく、どうやら完全にラリっている様子。
これは大変、と警察に電話をして急行を要請したが、村境にあるためにどちらの警察に電話してもそれは隣町の管轄、となんとも怠け者な対応。ようやく片方の警察を説き伏せ、一時間後に二人の女性警官がパトカーでやってきた。でも警官が最初にやったのが考えられぬことに、あー、このべスパ駐車違反でしたねえ、とステファノのべスパ(パニーニみたいになっていた、との説明)をさしての指摘。べスパの残骸に30ユーロの罰金の切符をきった警官にぼう然としているうちに、ようやく警官は突っこんだ車の検証を開始。運転手はたしかにラリっており、しかもドラッグのディーラーらしく小さな電子秤が車の中から発見されたが、警官はステファノに「このハイテクっぽいものなに?」と聴きにきたそうだ。
いやそれでね、その最後に激突された車はこの数日そこに停められてた車なんだけど、衝撃で位置がかなりずれてね。車の下に鳩が一羽死んで転がっていることに何日か前に気がついていたんだけど、車がずれたせいでその鳩の死骸が人目につくようになった。事故を見に来た野次馬がその路上の鳩の死骸を見てくちぐちに、売人のやくざ者は鳩まで殺した、とおそろしげにいうんだよ。なんか面白くてね、べスパは廃車になったけどなんかわらちゃったよ。
かくしてステファノのべスパによるアルプス越えの野望は頓挫したのだった。

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