自粛について
右翼の街宣車がきたものだから、映画の上映をやめるのだという。
「靖国」今月封切り中止 上映予定館辞退 トラブル警戒
どこに命令されたわけでもないので、映画館が勝手に自粛した、という構図である。上の話には国会議員稲田朋美,によるいちゃもんが先行していた。
靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画「靖国」をめぐり、政府出資の基金から助成金が出されたことを問題視した自民党国会議員が13日、助成の経緯を文化庁などにただす会合を開いた。一部の議員から「助成を取り消すべきでは」との声も出たが、文化庁側は「取り消しは難しい」との見解を示した。
asahi.com:映画「靖国」の助成、文化庁「取り消しは難しい」 - 社会
稲田某によれば、その内容が政治的に偏向しているがゆえに国がカネを出すのは間違いである、ということらしい。稲田本人が自分の偏向可能性を疑わないのはおかしい、とかそもそも政治的に偏向していない映画なぞ可能なのだろうか、などということを説明する気力も萎えるような話だが、こうしたレッテル貼りに呼応して街宣車が出動しなおかつ上映が挫折したのであれば、問題はリアルである。なにが問題なのか。この一連の出来事の間になんらかの関連性を感じることはたやすい。稲田のクレームがなければ、街宣車は映画館に向かわなかったのではないか、ということである。そして右翼の行動が着々と過激になっていっている昨今、映画館が自粛してしまうのも時代の流れではないか、と私は思ってしまう。先日もチベットを擁護するといいつつ排外主義的なシュプレッヒコールをあげながら、通りすがりの若者に反論されて「おまえシナ人か」など叫びながら暴力沙汰に及ぶ政治団体の動画を見かけたところだったので、萎縮する理由はわからぬでもないな、思ってしまう。事実、映画館の対応を糾弾しているのを見かけないのは暴力を前提にした雰囲気がすでにあるということではないか。
YouTube - 支那中共による、チベット人デモの弾圧を中国大使館で抗議 其の参 〜主権回復編〜
稲田が直接右翼に「映画館の前で喝をいれてやってください」などと頼んだかどうかということは確認することは難しい。稲田ー街宣車ー映画館の挙動の連なりには、圧力と自発と自粛の連鎖がその経路を明確にすることなくしかしながら影響を互いに与えている。ましてやそこに明確な因果関係を記した文書などを発見することは不可能だろう。たとえば50年後の未来からこの事件を眺め、その50年後の人間が「国会議員の一声によって表現の自由が抑圧された一件」として解釈し、一方それにたいして「命令書が存在しないのでそんな関係性はなかった」という否定論が投げかけられたりするのだろうか*1。とこれまた話題になっている沖縄戦における集団自決「命令書」が存在するか否かというトピックを思い出したりするのだった。もちろん事件の重さは違うのだか、自決にいたるまで簡単に自粛してしまう社会ということのインプリケーションではないかと私は思う。命令書なぞだすまでもない、ということなのだ。
また、否定派が「集団自決を命じる軍の命令書は見つかっていない」などと従軍慰安婦問題と同じ論法を使って否定しているのを見たので反論しておきます。
…
わざわざ違法行為を命じる文書を作るようなマヌケな犯罪者がいれば、警察も苦労はしないのです。(国家犯罪も同じです。)「沖縄ノート」訴訟、大江健三郎さん勝訴@blog*色即是空
http://d.hatena.ne.jp/yamaki622/20080331/p1
[追記]
質問 事実の誤りがあると指摘していたが、どういうことか。
稲田 事実の間違いといえるかどうか……。靖国刀が靖国の御神刀というのは事実ではないが、映画に誤りがあるとは考えていない。小泉首相の靖国参拝に対し、原告側のメッセージが入っていることを感じた。たとえば、適切な例ではないかもしれないが、日本の会社の代理店が映画をつくって、チベットのダライ・ラマの主張だけの映画をつくった場合、中国から助成金が出たら問題になるのではないか。
3月28日の会見・於日本外国特派員協会
http://www.news.janjan.jp/government/0803/0803283785/1.php
中国がダライ・ラマ擁護の映画作成を助成するかどうか、という横紙破りな比較なのだが、結果として起きた”自粛”上映中止の事態は、ダライ・ラマの肖像画がタブーになっている中国の状況とあまり変わらないのだから妥当であるかもしれない。それにしても上のインタビューを読んで、この議員が確信犯である信憑性が私の中ではますます高まった。以前、加藤紘一議員の実家が放火されたときにも、つぎのような暴挙を行っている。kogarasumaruさんのところからさらに孫引き。
稲田氏は、地元福井の新聞で首相の靖国参拝を批判する加藤紘一元幹事長と対談したことを紹介。加藤氏の実家が右翼団体幹部に放火された事件について「対談記事が掲載された十五日に、先生の家が丸焼けになった」と軽い口調で話した。約三百五十人の会場は爆笑に包まれた。言論の自由を侵す重大なテロとの危機感は、そこにはみじんもなかった。
id:kogarasumaru:20061001#p2
行動主義右翼に対する暗黙のめくばせ。以前英語報道圏で話題になった次の事件を巡る議論を思い出す。
サンケイのコモリ氏(古森義久)はJIIAの理事長であるサトウ氏(佐藤幸雄)に、コイズミ首相のヤスクニ参拝を批判するような文章を書くようなフトドキ者(すなわちタマモト氏=玉本偉、英文編集長のことですが)を援助するために日本の税金を使ったことに謝罪せよ、と要求しました。また、それに応じてサトウ氏は24時間以内に当該サイトを閉じました。
税金を使う人間は日本を批判してはいけない、という人々。この事件に関連して一年半前にいろいろ書いた。事態は悪化している。
日本語による風景、外国語による風景
id:kmiura:20060829#p1
クレモント氏の記事について。
id:kmiura:20060901#p2
加藤紘一インタビュー
id:kmiura:20060901#p1
*1:なお稲田自身が連鎖反応の先頭にいることを否定する工作とも見まがうような談話をすでに発表している。『我々が問題にしたのは助成の妥当性であり、映画の上映の是非を問題にしたことは一度もない。いかなる内容の映画であれ、それを政治家が批判し、上映をやめさせるようなことが許されてはならない』。