無骨な陰影礼賛

うちのキッチンは真西を向いており、バルコニーに出られるように天井から床まで長細いガラスの窓と観音開きの窓になっている。午後2時を過ぎるころから日が差し込み始め、今の時期8時半まで日が照りつけることとなる。通常であれば「ジャロジー」と呼ばれる窓の外のブラインドが設置されているのだが、我が家の場合は前世紀の大きなアーチ状の窓枠を残そうと改装を担当した建築家が配慮したのか、ジャロジーが設置されていない。ジャロジーを設置すると窓枠上部に収納のための箱をつけなくてはならないので、美学的にあかん、ということだと思うのだが、結果としてかつてない猛暑のドイツで日々6時間キッチンは焙られるので大変な苦労を私は強いられることになった。日光浴ファナティックなドイツ人であれば、「お日様お日様」と喜んで皮膚の発癌確率の上昇をいとわぬところであろう。
オーストラリアのUV警報ってあれなんなんだ、私はホテルのボーイの警告を振り切って日光浴をしたと、意気揚々とのたまう知人に、いやー、そりゃまじで危険だよ、といったのだが、太陽信仰のドイツ人には解しがたいらしい。お日様が悪いことをするはずがない、のである。はたまた、目下のワールドカップで熱射病、熱中症でドイツ人はバタバタ倒れているのだが、それでも太陽が悪いのではないのだった。亜熱帯の地ニッポンに生まれ育ったの私はなるべくならば日光は避けたいのである。欧州で一般に日本よりも皮膚ガンの率が高いのは「遺伝子のせい」とか「白人の皮膚はガンになりやすい」などといった理由がまことしやかに日本でささやかれるが、私思うにその危険を顧みず紫外線に肌を曝露しつづける行動様式に主たる原因がある。
なにはともあれ、カーテンをつけようにもなかなかうまい設置方法が考えられず、いっそのことベランダによしずでも置こうかと考えていたのだが、なにしろ不精なので、日が差している時にはなるべくキッチンから退避するないしは家に帰らない、という実になさけない対処を行っていた。のであるが、昨日ついに解決した。前の家でロールアップ式の障子を使っていたのだが、それをまだ捨てていなかったのを思い出したのである。地下室から引っ張り出してきた障子、設置は窓の外側に行った。熱の遮蔽は窓の外で行ったほうがよろしい、ということもあるのだが、上の階のバルコニーの鉄骨から針金を通せばよいので容易である、という利点もある。午後二時前に設置を終えた。その後刻々と日光の角度が変化する間私はキッチンに鎮座し、見事日が真西になったときにも光が完全に遮蔽されていることを確認した。障子を経たやわらかい光に冷えたウーロン茶なぞをすすりつつ「わはは、ざまみろ」などと悦に入って午後を過ごしたのだった。無骨ながら陰影礼賛、ただしこれは勝負である。