死せる孔明、云々

韓国のスター科学者や日本の科学者の論文撤回が巷をにぎわせていたのだが、そこまで有名にならなくとも論文が撤回されることはある。撤回されたのだからその論文の内容は引用できないということになる。しかしながら、論文が撤回されていることにきがつかず、後々まで引用されている例が非常に多い、という報告がサイエンスのニュース・フォーカス06年4月17日付に。
Even Retracted Papers Endure Katherine Unger and Jennifer Couzin

図に挙げられている植物系の論文の場合、サイエンスに出版されたのが1996年7月19日。撤回されたのが1999年5月21日。撤回前の引用件数が66件、撤回後の引用件数がなんと46件。なんともオソマツというか、撤回の意味ないじゃん、という状況である。「科学者の誠意を疑う」と一般紙であればコメントするかもしれない。
とはいえ、これは出版・撤回の当事者でもある出版社の責任も結構あるのではないかと思う。論文撤回というのは具体的にどうなるかというと、その論文が掲載された雑誌が回収になる、といったことになるのではなく、撤回が決定した時点での最新号に「何年何月何号、これこれページのだれそれによる論文は撤回されました」と言う報告が囲みで掲載されるだけである。あるいは、「図3に限って訂正」などといった半撤回もあるのでますますややこしい。全世界の図書館に蓄蔵された論文はそのままそこに存在しつづけることになる。したがって、撤回されている、ということに研究者が気がつかなければ、引用してしまうことは十分にありうる。ネットで検索していれば、「この論文は撤回されました」とコメントが添えられているので事前に回避するが、雑誌からそのまま引用する場合であればいちいちその論文が撤回されているかどうかを確かめることはほとんどない。滅多にない事態だからである。特に90年代後半以前の論文はネットに流通していないものが多くある。確認がとても難しい。もちろん、それでも時間をかけて調べる、というのがあるべき理想の姿勢であるが、実際上かなりの労力であり、それが中心となる参考文献ではなくて、「ちょっと関係しそう」ぐらいで引用しようという論文であればなおさら撤回されているかどうか、という極めて当たりくじ的な確認に労力を割くことはなかなかない。ましてや論文をピアレビューで査読する側も、そこに労力を割こうとはしない。
上でとりあげたような「撤回論文が引用された件数」を簡単に調べることができるようになったのは、PubMedやグーグル・スコラなどネットで論文を検索することが容易になった、という事情が背景にある。これに倣えば具体的な対策としては、撤回論文をもれなくデータベース化して、研究者それぞれが書いた論文の参考文献をスクリーニングできるようなシステムを作ることである。これは出版社が連合して管理すべき仕事だと私は思う。これがなされていないのは、単に出版社のメンツのためなのではないか、とさえ思う。