ワイン祭り

ワークショップのお遊び時間ということで貸切バスに乗ってワインフェストに行った。この時期、秋のとば口になるとドイツでもフランスでも昨年や一昨年に仕込んだワインを飲みまくるワイン祭りがあちらこちらの村で開催される。住んで9年になるがやはり秋に開催されるビール祭りにばかりいっていてワイン祭りには足を向けたことがなかった。そんなわけで初めての経験である。
バスは教会と狭いメーンストリートが一本しかない小さな村に乗り入れ、一同およそ30人の我々はぞろぞろと狭い村の中に4ヶ所ほどある会場を物色し、一番込んでいる会場に場所を定めた。メニューをみるとスペアリブだの煮豚だのビール祭りとほぼ変わらない内容。ただ、ワインのメニューのほうは全て半リットルのグラス。スペアリブとリースリングを頼んでみると日本のビール大ジョッキサイズのグラスにリースリングが水のごとくなみなみと注がれて供され、いやー、このままのみ続けたらすごいことになるなあ、と思いつつも結局のみ続けることになった。食べ物も飲み物もやたらと安い。半リットルのワインがおよそ300円である。
食べ物を最初に頼んだ私はすぐにスペアリブが運ばれてきたのだが、少々遅れて注文を入れた私の周りの人間は待てど暮らせど同じスペアリブを頼んだにも関わらず運ばれてこない。うまそうに骨をしゃぶりグラスを煽る私を目にして周りの人間の焦燥は深まるばかりとなり、ウェイターは何をやっているのだ、と口々に憤り始めた。久しぶりに登場したウェイターに注文がまだこないんだけどどうなっているのだ、と私の向かいに座っていたチュービンゲン出身のPIが文句をいうと、ウェイターはこりゃしまったと手を額に当てて、いやー、すまん、いますぐ、と戻っていったのだが、すぐにはやはり運ばれてこない。私の方はすっかり骨ばかりになったスペアリブを前に、いやー、このクラウトサラタ、うまかったー、などとコメント。チュービンゲン出身のPIは遂に意を決したのか立ち上がり、厨房に直接文句を言いに行った。これでなんとかなる、という顔で彼は帰ってきたが、やはりスペアリブは現れない。赤ら顔に酔っ払った様子が明らかな足どりのウェイターがフラフラ現れるがこれまた役に立たず、どうなっているんだ、と周りの人間は焦燥を超えて情けない顔つきになっている。半リットルワインも二杯目にさしかかろうというときにようやくスペアリブの皿が次々と運ばれてきた。ウェイターは何人かいるのだが、機能しているのはおそらく一人だけであとの全員はみな酔っ払ってしまっているのである。
やっと食べ物にありついたという体の周囲の人間はむさぼるように肉を食べており、私はひとりリーズリングを啜りつづけた。すると機能している唯一のウェイターが私の横に座り、どこから来たのだ、という。私が住んでいる街の名前を言うと、いやそうじゃなくて国はどこかときいているのだ、というので日本だ、と答えた。そこからいろいろな雑談が始まったのだが、上記のようないいかげんな給仕状況の理由が彼の説明をきいてなるほど、と得心した。彼らは村のフットボールクラブのメンバーであり、週末ということでメンバーの一人の家の庭を開放してワインフェストに貢献しているのだった。平日はそれぞれ別の仕事があり、私が話していた機能中のウェイターのオヤジはBASFの化学工場でとあるセクションの責任者として働き、機能していないすっかり酔っ払っているウェイターの一人は村に一軒の理容店の髪結いなのだそうである。一種のボランティアなのだ、と私は了解し、それからは私が自分で厨房まで赴いてワインを注ぐことになった。厨房で隣をみれば情けない大人と違って酔っ払うことのないフットボールクラブの小学生や初々しい高校生の女の子がぐてんぐてんの大人たちのために一生懸命ワインを注いでいた。国が国だったらこりゃ児童虐待扱いだよな、なんて思う。
半リットルのグラスにワインをそそぐと、瓶は2/3が空である。果実酒水の如し、そういやジョーゼン水の如しなんて酒もあった、などとぶつぶつつぶやきながら私は瓶を次々開栓して他の人間の分までも用意する。フットボールクラブの彼らはいっこうにそうした様子を気にせずありがたがる有り様で、手酌で飲み放題ということになった私は足繁く厨房に通うことなり、すっかり酔っ払い、自己申告制の会計をすませ、約束の時間の夜半過ぎ、千鳥足でバスへと戻っていったのだった。