デリダ、5月

「希望のヨーロッパ」より。デリダとしては妙に穏当。
以下は10年前の自らの文章からの最引用。

「新しいインターナショナル」とは「数々の犯罪に対し国際法の刷新を図る役割だけにはとどまらない。それはまた、置かれた情況の近さや苦悩、希望を介して結ばれた絆である。まだ慎ましく(これを書いたのは1993年の時点でした)ほとんど秘匿されていながら、しだいに誰の目にも明らかに見えるものとなりつつある絆である。つねに反時代的な絆、身分も肩書きも名前も持たない絆、地下組織ではないにしても、公にされることの稀な絆である。契約も政党も故国も不在の絆、国民共同体とは無縁の絆、どんな国民的境界であろうと、この境界が引かれるよりも手前に、あるいはこの境界を横断して、あるいは超えて初めて作りだされるという意味でのインターナショナルとしての絆、特定の共同体が保有する市民権意識には帰属しない絆、ひとつの階級に帰属しない絆である」

テッサ・モーリス鈴木も同じく1993年、同じようなことを言っていたが、「どちらを選ぶのか、今あなたははっきりしなければいけない」という強烈なメッセージだった。こうして10年単位で思い出してみると、冷戦直後に一部の論客が言っていたことは実に的を得ていたのだなあ、と思ったりする。