成田空港

手荷物受け渡しのベルトコンベアーの前から灰皿が消えたのはたぶん2年前ぐらいだった。それまでは、おお、灰皿登場、とばかりに出てくるスーツケースを待ちながら、13時間ぶりのニコチンに頭をクラクラさせて悠長な気分になったものだが、いまやそんな風に時間をつぶすこともできなくて、早く外に出たい、と思いながらスーツケースを待ち構えることになる。

昨日のフランクフルトからの便の荷物は、なぜかマニラから来たJALと同じレーンに荷物が出てくることになっていた。マニラからの便が先着だったので、私を含めたフランクフルトの客はマニラから来た客の荷物をやり過ごすまで、待たなくてはならなかった。マニラからの便には圧倒的に若い女性が多い。色とりどりのスーツケースにはガムテープがそれぞれ貼られており、マジックででかでかと名前、住所が書かれている。ロペスだのゴンザレスだのスペイン系の名前が多いなあ、などと眺めながら、先日フィリピンの社会学的な調査をしている家族に聞いた話を思い出した。日本にやってくる「エンターテイナー」の性別構成比なのだが、年間日本にやってくる女性フィリピン人エンターテイナーは11万人である。一方で男のエンターテイナーは400人弱。男には事実上ビザを出さないのだそうだ。

マニラからやってきた荷物が、明るい声でケータイに喋り捲る女の子たちに持ち去られたあとで、空港の係員の若者が出てきて、申し訳ありません、マニラからの便が少々遅れたためにフランクフルトからのみなさまにご迷惑をおかけしております、大変申し訳ありません、と早口の大声で謝りながら、ぺこぺこと頭をさげつつ、ベルトコンベアーの高台に乗って移動していく。3分もしないうちに今度は若い女性の係員が同じような文句をヒステリックな口調で危機感さえにじませて唱えながら通り過ぎて行き、またもやものの3分もしないうちに又別の若い男が現れて、ひたすら謝っている。謝られている人間の一人である私は、矢継ぎ早の謝罪攻勢になにやら緊張感まで高まって、いやがうえにも「待たされている人間」な気分になってしまった。そうこうするうちに荷物は現れ始め、私は首尾よく自分のスーツケースをゲットして、税関を通過してそのまま外へと直行する。なんであんなに謝るのだろうか、と私は名前が書かれたプラカードを掲げた迎え客の間をすり抜けながら思う。彼らの責任ではないのだ。私が教えて欲しかったのは何分遅れるか、ということで、彼らがすまなく思っている、ということではなかった。

自動ドアが開き、もわっと生暑い外気を感じる。亜熱帯だ。リムジンバスを待つ人間が行列するそのすぐ手前にかつては灰皿があった。2年前、手荷物受け取りの場所にあった灰皿が消えると同時に、ここにあった灰皿も消えた。各国から集まった喫煙者は仕方がなく、手持ち無沙汰にてんでに壁際に沿って並び、タバコをすっていたのだ。でも一度消えたその灰皿は、今回、復活していた。小さな喜び。私は広東語でケータイに喋り捲る中国人の男の横に座り、やっとタバコに火をつけた。