ルヴァン

ベルギーのルヴァンという街にいってきた。ブリュッセルからも車で30分弱とかで、そんなに遠くないのに、言語ががらっと変わるというのがいかにもヨーロッパな感じである。オランダ語を喋る地域で、この言語を英語だとフレミッシュという(日本語だとフラマン語というらしい)。フレミッシュとオランダ語がどの程度異なっているのか私にはよくわからない。「ありがとう」を「ダンクユー」といったりする感じは、英語とドイツ語の間にある言語だなあ、と思ったりする。文章などもじっと眺めているとなんとなくわかったような気になり始める。

街の雰囲気はどことなくイギリス東部を思い起こさせる。レンガが多いことと、建物がこじんまりとしていること、天気がくるくるかわることなど複合的な理由でなんとなくそんな気分がするのかもしれない。考えてみると、ノルウェーもオランダもどこかそんなところがあって、環北海文化圏みたいなものがあるのかなあ、と思う。科学史でいうと、熱学はこの環北海文化圏(勝手に名付ける)を中心にスコットランドと大陸の間を知識や理論が往還しながら発展した、というのが、山本義隆さんの「熱学思想の史的展開」の受け売りになる。

熱学思想の史的展開〈1〉熱とエントロピー (ちくま学芸文庫)

ルヴァン・カソリック大学の医学部での学会で、街の中心から大学までシャトルないしは公共バスで15分ほどの通勤をすることになった。夜遅くになるとシャトルバスには乗客が私一人だけ、ということが何回かあった。運転手によると、街の公共バスは市が運営している会社だけではなく、私営の小さなバス会社も路線を走っているそうで、ただし、バスの見た目は一緒なので、外目にはわからない。賃金体系も一緒で、これは運転手の組合が交渉して決めるそうである。学会のシャトルバスといったエキストラな仕事はもっぱら私企業のバス会社がやる、とかで、私が雑談した運転手の会社は、バスが二台だ、といっていた。小さな会社がたくさんあったほうが、働き方もフレキシブルになるし、働くことへのインセンティブも出てくるからいいだろうなあ、と思った。ただ、これは同一労働同一賃金を保証するための運転手全体の労働組合がしっかりしていることや、社会福祉システムが企業単位ではなく、共同体レベルできっちり運営されていることが必要条件だろう。まー、なんか、どこぞで聞く派遣だから正規社員より待遇が悪い、なんてのはほんとにおかしい話である。その待遇の違いが当たり前になって慣れてしまうと、あたりまえになって怒りも感じないのかもしれないけど。

私は学会主催者の指定ではないホテルに泊まっていたので、シャトルバスは本来そこまで走ってくれない。上のように運転手と雑談をしていると(彼らはものすごく英語が達者である)、じゃあホテルまでいってやるよ、ということで、なんと私のホテルの前まで直行してくれた。一度ならず二度そのようなことがあったので、あたりまえのことなのかもしれない。ドイツでこれはありえんよなあ。

ルヴァンの街の真ん中には、立派な大学図書館がある。この大学図書館第一次世界大戦第二次世界大戦の二回にわたり侵略してきたドイツ軍が破壊した。今建っているのは再々度再建されたものだとのことである。図書館を破壊したがる人間、という種族が私には理解できないが、実際に存在することは確かである。私が生きている間に起きた図書館の破壊、焼き討ち、というとぱっと思いつくだけでも、サラエボやバクダットの大学図書館がある。

残念なことに試験期間中で図書館に入ることはできなかった。とはいえ、立派な回廊のある表玄関の階段で、無珍先生はどこにいてもやるように、イチ、ニ、サンと数を数えながらのぼりおりして大いに楽しんでいた。

[追記]

図書館に関連してこんな話があるのを知らなかった。

魂は、決して焼かれない―「バスラの図書館員―イラクで本当にあった話」
バスラの図書館員―イラクで本当にあった話

この絵本、いつか無珍先生にプレゼントしよう。