とある学位取得間近の院生へのお返事

全般に、帰らないと決めて渡航するのではなく、合ってたらそのまますみ続ければいい、ぐらいの感じで、フレキシブルに自分の将来を考えたほうがいいと思います。住む場所は自分で決めるものであって、いやになったら引っ越すことはいつでも可能です。

1、生活への適応

生活に関しては適応できなかった人をめったにみかけないのであまり心配しないほうがいいでしょう。合わない、と感じたらなるべく早く場所を変えることです。海外で暮らす上での一番大きなリスクはメンタルヘルスです。この点に気をつけて、ぎりぎりまで自分を追い込まないようにすればどうにかなると思います。

2、コミュニケーションについて

コミュニケーションは言葉の問題ではなく、いいたいことをどれだけシンプルにわかりやすく人に伝えることができるか、という自己表現能力と、他人の話をそのメッセージどうりに理解する能力です。この能力と言語の技術的な能力は別のものである、と思っています。Xさんは、人とコミュニケーションしようという意志の点で優れていますが、自分で理解していることを他人も理解しているはずという思い込みがしばしばみられて、コミュニケーションが成立しにくい、ということがあるようです。この点物事の理解の仕方がことなる異文化の人間とコミュニケーションする際には注意したほうがいいでしょう。これは適正があるかないか、の問題ではなく意識してトレーニングすることです。私はそもそもあまり適正などといった所与のものはあまり信じていません。人は変わることができる、と思っています。

3、病院・健康保険

ドイツの場合ですが、病院では英語で大抵の場合大丈夫です。また健康保険は強制加入になっており、全額保証なので、医療費は無料です。大学の健康保険の場合は歯科の治療費は自分で払うことになります。

4、治安

これはなんともいえませんが、日本と同程度だと思っています。私が12年の間に出会った犯罪被害はスリ(財布)が一回、窃盗(ケータイ)が一回です。場末にいって酔うこと多くてこの程度なので、あまりたいしたことはないと思います*1

5、日本人がドイツで働くこと

日本人が都合のよい研究労働力とみなされがちなのは確かです。これは英語が下手というよりも、自分の研究の話を魅力的に話すことができないためです。Yさんが来たときにうちの研究所でセミナーをしてもらいました。流暢とはいえない英語でしたが、その内容の面白さと熱のこもった説明に皆は圧倒されて口々にあのセミナーはすごかった、と言っています。結局自分のなかに自然を眺める視点をしっかりもっていることが重要なのです。

ドイツの普通の大学でポストを得るには、日本でポストを得るよりもさまざまなハンディがあるので、より困難だと思います。このためにも、実力があって、少人数のラボに行くのがよいでしょう。ポジションを得るためには、研究する能力よりも、論文の数のほうがものを言います。この点私はアホか、と思っていますが事実であり現実です。

6、分野をかえることについて

上に関連しますが、科学においてディテールは重要ですが本質ではありません。もしCell Biologyをやる、というのであれば、Molecular Biology of the Cellのような網羅的な教科書をを通読し、しっかりとした生命観を涵養することが大切です。ディテールにはまることができるというのはすばらしい能力ですが、それだけでは単なる職人であって研究者ではありません。

またなにかあったら、質問してください。できるかぎりお答えします。

*1:自転車を二回盗まれたと書くのを忘れていた。犯罪って思えないんだよな