閉店法とわたくし

id:Romanceさんがブックマークでドイツの閉店法(Ladenschlussgesetz)に関する二年前の記事を発掘していたんで、ちょっと触れてみる。閉店法は100年以上の歴史を持つドイツの法律なのだが、この10年でずいぶんと緩和された。ちょうど私のドイツ生活とこの緩和の過程は重なっている。私の経験と閉店法のメリットデメリットなどをつらつら書こうかと思うが、ひとまずは以下が閉店法の簡単な歴史。

1900年 ドイツ帝国で閉店法施行。小売店の営業は平日の5時から21時まで許可。

1957年 旧西ドイツで閉店法施行。原則として、平日は7時から18時30分まで、土曜日は7時から14時までの営業を認めた。日曜は例外を除き営業不可。

1989年 閉店法改正。木曜日の営業が20時30分まで可能になる。

1996年 閉店法改正。平日は20時まで、土曜は16時まで可能になる。

2003年 閉店法改正。土曜日も20時まで営業が可能。

2006年9月1日に連邦基本法憲法)の改正が行われ、この中で、「閉店法」を定める権限が、連邦政府(国)から州政府(地方)に委譲。
うちの週では月曜から土曜まで、22時まで営業しているスーパーが出現。
参照
ドイツにおける「閉店法」の歴史と緩和の動き
http://www.teikokushoin.co.jp/teacher/high/geography/pdf/200802/1-3.pdf
日本貿易振興機構ジェトロ)海外調査部欧州課 高塚 一

96年というのはちょうど私がドイツに来た年で、木曜以外は従来の夕方6時半閉店、土曜は午後2時までという状況だった。一人暮らしで夜12時ごろまで仕事するのがルーティンになっていた私には実にキビシイ法律だった。なにせ大学院生だった大阪では、一人暮らしといえどスーパーは夜半までやっていたし、その閉店に間に合わなくてもローソンなぞでヘラヘラと食品を購入すればよかったので、焦ることもあまりなかった。保存の効くものは日曜日にまとめ買いしていた。
しかしながらドイツ1996年、夕方6時半となると、研究室を抜け出してスーパーに出向く必要がある。18時15分ごろスーパーに駆け込むと、同じく閉店間際の買い物に殺到した人たちでごった返していて、レジの長い行列に並びながらなんという国だ、とため息をついたりしていたものである。それも数ヶ月で更なる法改正となり20時になった。ちょっと余裕ができたが、夜半終業の私にはあまりメリットはなく、まわりのドイツ人がいやー、つくづく便利になった、と口々にいうのを聞きながら、24時間営業のコンビニを知らない原始人を眺めるような気分になったものである。
唯一の例外はガソリンスタンドで、いわばコンビニの役割を果たしている。レジのまわりに商品が置いてあり、菓子パンや牛乳、ビールなどの飲み物を買うことができる。豪華なガソリンスタンドでは冷凍のピザがある。「院生のサンクチュアリ」などと同僚は呼んでいたが、品ぞろえは日本人のワタクシから見れば実に貧弱。生きるために必要な最低限の品物しか並んでいない店舗だった。多くのドイツ人は日本人に比べるとそもそも食生活が実に質素で、偏った食べ物で何年も生きている。生鮮食品など必要ではなく(欲しい、と思わないらしい)、牛乳とヨーグルト、ゆでジャガイモ、ゆでたまご、といった朝飯のような食事で夕飯をすごしても情けない気分にならない方々なのである。というか、そもそもプロテスタントな気分が強いのか、質素な食事はポジティブというような価値観も背景にあるのだと私は思っている。ともかくもしたがって一人暮らしならばガソリンスタンド程度で彼らはオッケー。でも私はそんな食生活をすることはできなかった。果たしてこうした状況は100年に及ぶ閉店法がもたらした食生活なのか、と考えるがそうではないだろう。日本にしたって1970年代にコンビニができるまで23時まで営業している店舗はまれだった。セブン・イレブンという名称が朝7時から夜の11時までやっている、すっげー、という意味をそもそも持つ名称であることを知っている人間はいまの20代にどのぐらいいるのだろうか(内輪ネタになるが、そういえば学生のころパワーアンクル・セキがこのことについて「夜の喪失」とかいうテーマでコンビニの出現と社会生活の変化に関するレポートを書いていたのを読んだような気がする)。西ヨーロッパの食生活の基本がソーセージ、サラミ、ないしはコンフィといった保存食品重視なのを鑑みれば、上に述べたような宗教的価値観に加えて特に気候条件が農作物にあまり適していないドイツで(私から見ると)貧弱な食生活が日常になったのは風土的なものであると私は思っている。
閑話休題、やがて私は平日に買い物をあまりしなくなり、土曜にまとめて買い物をするようになった。とはいえ、16時閉店なのでこれまた少々焦ることになる。昼に起きだしコーヒーなぞすすっていると時間がなくなる。14時ごろタイムリミットなどと決断し家を出てスーパーや日本食品店を急ぎ足でまわる、という土曜日が何年も続いた。日曜はレストラン・バー・映画館・ガソリンスタンド以外は営業していない。日曜というと人の家に呼ばれたりして花でも持っていくか、などと思っても営業していないのである。唯一例外が駅の構内にある店舗で、わざわざ駅まで花を買いに出かけたりしていた。
2006年からはうちの州では月曜から土曜まで、22時まで営業しているスーパーが出現した。これは実にありがたく、平日にスーパーで買い物をしてからそのまま家に帰るということがようやくできるようになった。とはいえ、10年もの間平日20時土曜16時閉店のサイクルで生活していたので、結局土曜に買出し、という生活パターンはあまり変わっていない。平日にうちで友人の飯を作るときにあれがないな、と買い物に出るのが楽になった、というぐらいの結果である。なにか足りなければ間に合わなかった、で済ませられるのも法律があることの利点かもしれない。
というわけで、閉店法になにかよい点があるとすれば日曜全面休日、という点だろうか。不便ではあるのだが、日曜に買い物に煩わされることがないというのは、これはもうj、経験して慣れないとわからない気分だと思う。日本からきたポスドクに、「日曜ってなにしているんですか」ときかれるたびに顔には出さないけど、やることいろいろあるんだよー、それがない君は資本ファシズムに見事に毒されているかわうそうな人なのだよあっはっは、と思うのだけど、事実、買い物以外にも人生やることはいろいろあるのです。本当に。利点といえばたぶんこれにおいてほか、ありえないかもしれん。
買うものがなくなったときの己の姿を改めて眺めよ。