偽造

偽造の話が生物学でも日本の建築業界でも盛んだ。技術史的な面からみればパソコンの普及と裏表にあるという点が共通しているように思う。だからなんなの、ということではないのだが、以下思ったこと。
黄教授によるES細胞クローン論文の場合、画像処理技術の発達と、図の偽造には密接な関係性がある。かつては一次元だった数値データが、二次元ないしは三次元の画像データ(数値データのマトリックスである)としてふんだんに扱われるようになったのは、生物・医学の分野ではたかだかこの10年の話である。私が研究を始めた頃は、顕微鏡に設置されたアナログの白黒カメラで顕微鏡下の細胞を撮影していた時代で、研究に必要な技術の一つとして写真の現像の仕方をたたきこまれた。暗室の中で手探りでフィルムを解体、金属の芯にまきつけて現像をする、なんていまどきの院生はおそらく信じられん、と思うだろう。やがてその現像したフィルムをスキャンしてデジタル化するようになり焼付けはしないようになった。さらそのすぐ後、CCDカメラを直接パソコンに繋げるようになってスキャンすることもなくなった。暗室でえんやこら、と現像していた時代から、オフィスのコンピューター上でフォトショップなどを使いながら図を作るようになった、というのは、あまり普段は意識しないがこうして書いているだけでもすごい変化だな、と思ってしまう。デジタル画像のよさは、取り扱いが楽なことである。何十枚もの写真をかかえてうろうろしていた時代からすれば、ぺなぺななDVDにファイルを焼いてしまえばよい、という手軽さは信じられないほどである。また、図を作るのにしてもかつては手作業で印画紙を切って台紙にはりつけたりしていたが、今ではフォトショップイラストレーターを組み合わせて手を汚すことなく正確な配置でデザインすることが可能である。
一方でデジタル画像は簡便であるがゆえに偽造することも極めて簡単である。複雑な細胞の写真のみならず、電気泳動の結果を示すゲルパターンも、コピーペーストして色の濃淡を調節すれば、実際の結果とは全く違っていてもそれらしい結果になってしまう。肩の張らないセミナーなどで、え、そのバンド(泳動パターンの一部)、コピペじゃない?なんて突っ込んだりするが、これがある種ブラックなジョークとして通るのは、それが容易であることをだれもがしっているからだ。だから我々研究者はいつか誰かやるんじゃないかなあ、とは思っていた。同業者の我々からすれば、あ、マジでやったか、バカだな、みたいな感じでさえある。
日本の建築業界における確認申請偽造の話にしても、パソコンの普及で構造計算が簡便になった、ということが背景にあるのではないか。詳細までフォローしていないのであまり書くことができないが、もちろんそれを悪用する人間が悪いことには違いない。でも技術的発達の裏で我々が退化したのだ、という見方もできると思う。手計算でやっていた時代ならば直観的にこれはなにかおかしい、と第三者が思えたのかもしれないが、ソフトが吐き出す構造計算の結果だけを見るようになってしまうとこうした直観は働かなくなるだろう。偽造用の構造計算ソフトまでもが跋扈、有料でダウンロード化、というのだから生物学よりもずいぶんと進んでいる話である。