数年に一回、研究所のレビューイングなる行事がある。他の研究所や大学に属する有名な研究者がレフリーとして訪れてきて、グループリーダーや研究員に研究の進行状況を質問したり、実際にデータを眺めたりする。しかるのちにその研究者はレポートを書き、「この研究室はマトモな研究をしていません」なる評価をされてしまうと、その研究室は廃止となる。なまぬるい処置は存在せず、本当にまるごと廃止になるのである。なんとも厳しい行事である。ゆえに研究室はどこもてんやわんやな状況で準備をする。まず一番重要なのは、研究室のメンバーが全員そこにいること、である。「なになにさんのプロジェクトの進行状況をききたいんですが」とレフリーが名指しで要求したときに、その本人がその場にいなければ、評価はがた落ち、致命傷である。ウェブページの整備も重要だ。レフリーは事前にウェブページをチェックしてくることが多いので、アップトゥーデートな内容にしておかなければならない。そんなわけで、この二日間はレビューイングということで、事前から発表の修練を重ね、周到な用意をしてきた研究室の責任者達はそれでもみなガチガチになっている。その緊張感たるや目を見張るほどのものである。ふだんよれよれのスエットでうろうろしているおっさんもなにやらブレザーなど着込んで肩をいからせ、あきらかに業績の出ていない研究室の責任者は小さくなって目だたないようにしている。
そんな異様な状況の中で、昼飯を食べていたら、私の先生の先生にあたる目下スコットランドで教授をしている人(博士の研究指導者をドイツの大学ではDoktorvaterといい、直訳すれば「博士父」なのだが、私は彼をDoktorgrossvater、おじいちゃんと呼んでいる)を発見、おー、おじいちゃん、なんで来るのに連絡しなかったんですか、といったら、苦笑しながら、レビューイングしにきた、と小さな声でいっていた。普段は鷹揚でなんでもあり、な人だがサイエンスに関してかなり厳しい人なので、今回のレビューイングは台風直撃、になるかもしれない。