そもそもフォーサイスが泥臭いほどの政治メッセージをあからさまに込めた作品を発表したのはとてもめずらしいのではないか。ナイーブでどことなくぎこちないフォーサイスの政治メッセージのことを考えていて、「蜘蛛女のキス」の一シーンを思い出した。ゲイと革命家が牢獄で同室になる。ゲイは実は体制側のスパイで、革命家からなんらかの情報を取れ、と命令をうけている。あくまでも美しい人生を精進しようとするゲイと、理念に生きる革命家の価値観のあまりの違いは、最初のうちは越えぬことのできぬほどの落差として描かれる。しかるのちに徐々に真摯な革命家にほれ込んだゲイは(この過程の議論がじつによいのだが割愛)体制の手先としての存在に耐えられなくなる。牢屋を出る際に革命家に託された秘密のメッセージを携え、地下組織と連絡をとろうとする。しかし慣れないことをしたゲイはたちまち警察に捕まり、犬のように射殺されてしまう。フォーサイスの政治メッセージ表現のどことなくぎこちない印象は、秘密のメッセージを携え、後ろを振り返りながらはらはらと街を歩くゲイの姿のぎこちなさとどこか通じているな、と私は思い返していたのだった。