ミュンヘン

細胞の餌になるバクテリアが手違いはなはだしく気化した表層活性剤で死滅してしまったので、ミュンヘンの研究室までわけてもらいに。ひさしぶりに昔の研究室、なのだが、私のいた研究室は消滅しているので、隣の研究室に移ったテクニシャンを訪ねることになる。研究所自体が引っ越したので私にとっては見知らぬ場所でもあるのだが、かつて使っていた機械を目にしたり、テクニシャンと世間話をしながらコーヒーを飲んでいるうちになんとなく家に帰ったような気になるから不思議なものだ、と思う。今所属している研究所はあたかも戦場の最前線でお祭り騒ぎ、ということだからかもしれないが、ゆったりと時間の流れる大学に戻ると、ああ、またここでコツコツ研究したいなあ、と思ってしまう。退官を目前にした知り合いの教授と話していると、言葉の端々に自分がいなくなったら、というような思いが感じられて、少々しみじみとしてしまう。
ついでに夜、友人ギタリストの彼女である弁護士と夕飯。ギタリストの方がツアーでいつも留守にしているので、電話をかけても友人はいないことが多く、じゃあ飯でも食おうか、とあいなる。かなり大きな事務所の雇われ弁護士なのだが、給料が遅滞することがままあり、前回会ったときには半年給料がでていない、超貧乏、とかいうので和食屋で奢った。今回はそのゆりもどしで毎週25万円(!)入ってくるとかいうバブルな状態とかで、今回は奢るわよー、とフランス料理屋で景気よくがばっと奢ってもらった。鶏レバ炒めにシャブリ。メインは魚だったがこれはあまりうまくなかった。話題はもっぱら最近ギタリスト友人が立ち上げたレーベルのこと。社長には彼女が就任。細かい経営のことなどを聴いていると、どんぶり勘定の我が友人でなくてよかったよかった、と思うことしきり。
ミュンヘンへ往復するアウトバーンはいつもながら美しく楽しい。丘陵の樹々はその枝の茶色がやわらかくなったような色をしていて芽吹く寸前、その足元はどこも若草で絨毯をしきつめたようになって目に鮮やか。