『泥ウソとテント村―東大・山形大 廃寮反対闘争記―』

同時代なので駒寮の話はよく聞いていたし、三鷹寮の方も実家の近くだったので、壊される前に見に行ったりした。そんなわけで、このあたりの寮の話はそんなに違和感がない。ただ、これらの寮をめぐる闘争は、前史である学生運動において寮という空間が重要な起点としてあった、ということを前提にしていることに留意しなくてはいけないと思う。前史である学生運動におけるこのような寮の存在を考えると、廃寮反対運動において、”先輩達”がどんな役割を果たしていたのだろうか、と私は疑問に思う。従来の学生運動とどのような関係があったのか?あるいはまったくなかったのか?あるとしたらどんな形で?私がドキュメンタリーを見るときにはたぶんそんな問題意識でみるだろうなあ。”先輩達”が全く欠落しているならば、ナイーブな若者たちの純粋な闘いということで、クソにもミソにもならん青春ドキュメンタリーになってしまうのではないか(いや、青春映画はそれはそれで好きなのだけれど)、と思う。ちなみにこのドキュメンタリーは大西赤人さんのところで紹介されていたので知った。なにはともあれ、見てみたい。