崩れ落ちる富士山

富士山の幅が南北方向に1センチ縮んだ、そうである。データは次の二点である。まず産総研によれば、

南北17キロ離れている観測点間が約1センチ短くなっていた。東西に14キロ離れている観測点間はほとんど変化がなく、南北方向に力を受けていることが示唆された。

また、国土地理院の解析では

96〜04年までのGPS観測値を使って分析したところ、伊豆半島北部から富士山にかけて圧縮するようなひずみは見られず、産総研と同様に「南東―北西方向圧縮」に反する結果が出た。

そうであり、いずれの測定結果も伊豆半島が富士山を「南東―北西方向圧縮」している、という通説を否定する結果だった。この結果、「「力を受ける方向が変化した可能性もあり、噴火の恐れがある範囲の見直しが必要になるかもしれない。」そうである。この結果の解釈には少々異議を挟みたくなる。というのも、私は、この縮みは地学的な運動によるものではなくて、人力で崩しているからだ、と思うからだ。

私はかつて6年に渡って富士山で案内人をしていたので、富士登山道の人ごみをよく知っている。ピーク時のお盆前後などは頂上から9合目までびっしりと人が連なり、身動きできない状況になる。寒風の中、動くことができずに低体温になり、高山病で朦朧とするお客を励ますのが、私の仕事みたいなものだった。気の短い人間は登山道を外れて石と砂利をけり落としながら上へ向かう。凄まじい速度の落石はほとんどの場合、人によるもので、ベテランの案内人はみなヘルメットをかぶっていた。落石に当たって負傷という現場にも何度か居合わせた。下山道でも富士山は人力で削られる。砂利や小さな岩を蹴り落としながら人々が下るので、その様子をみながら、あと何年で富士山はなくなるのかな、なんて思っていたことを思い出す。

富士山には登山道がいくつかある。北東から吉田口、東から須走口、南東から御殿場口、南から富士宮口、の五つである。登山客数のデータを見ると、およそ25万人が毎年夏の間に登山している。このうち、ほぼ60パーセントは北側の吉田口からだ。静岡県側のデータはみつからなかったのだが、南からの富士宮口からの登山者が最も多い。このことを考えると、登山者が砂や石を蹴り落としているのは、ほぼ南北の方向なのである。

そんな反論するなら一人あたりどのぐらい蹴落とすのか、推定して人数で積算せよ、なんて質問が飛びそうだが、まあ、自分でのぼってくればおそらく理解できる。家に帰って服や靴を脱いでどれだけ砂がこぼれおちるか、だけでも実感できる。