スキがない

一週間前にイランから渡独したというイラン人の黒帯と乱取りをした。イランといえば空手が国技かというほど空手が盛んな国だとは聞いていたが、まあ、凄かった。最初から組んで廻し蹴りの基本練習などしていたときから、180度開脚を楽々こなすは、蹴りが私の頭上を軽々越えるは、でタダモノではないと思っていたのだが、いざ面するとスキがない。スキがない、という武道でよくつかわれる言葉を実のところ私は心底感じたことはなかったのだが、スキがない。それによき気づかぬ最初の三合で横蹴りを決めたものの、そのあと腰を構えなおしたこの男にどうしても打ち込めないのである。構えたままステップをいろいろ踏んでいるものの、どこにうちこんだらいいのやら、というよりもタイミングないし気がどうしても合わない。踏み込めないのである。ヤケクソにまた蹴りでもいれようか、と思ってもその刹那にはこちらのステップがしどろもどろになってしまう。こちらの動きを読んで間合いを即座に調整しているらしい。そうこうしているうちに、スッというかんじでこちらのリズムを完全に外すような感じで向こうから打ち込まれている。ああ、これが武道か、と心底思った瞬間だった。ちなみに彼も生物の研究者なのだそうだ。