ロストラ問題

ビル・ムレイが東京に行ってコミュニケーションギャップにぼう然とした、というのが映画『ロスト・イン・トランスレーション』である。「日本人をバカにしている」というような議論があったときに私は、別に日本人をバカにしているとは思わないけれど、日本人にそれを名誉白人的に眺めることを促す点がどうもなあ、とう話を当時書いた。この3年前の一文は基本的には差別ではないです、というのが私の意見だったのだが、このところどうも様子が違っている。ロストラの押し売り、というかわざわざ外国にいってロストラする、というのか。外交までそうなっているのを眺めていると、映画はまた異なる解釈をする必要があるのかもしれない。というようなことを以下、JMMの鼎談を読みながら思った。

冷泉  ひとつのスタイルになってしまってるんですね。それが別のカルチャーからどう見られてるかをまったく意識していない。朱ヨウ基さんなどは日本人とはまともな話ができないと公言しています。危険なことだと思います。さらにアメリカの場合、外交官などが通訳をするんですが、政治家がうまく通訳が使えないと、二重、三重のコミュニケーションギャップが生じてしまう。日本から来た人が偉ければ偉いほどシャンシャンで終わり、本当の話はしませんから。

村上  日本では、メディアもイエスかノーかで追求しないから、それが普通になっている。だからイエスかノーかで答えなければいけないことに対しても、逃げることが可能です。直接的な受け答えは、ミもフタもないがさつな行為だというムードがあります

ふるまい  美学ですか。

村上  美学にしないと通用しないからそうしちゃったのかもしれませんが。そういう曖昧さを俳句や短歌は褒めるんですよ。「朝顔につるべ取られてもらい水」って言われても、わからないですよ。ある種の共同体的な親和力の中で、相手に想像してもらうのはすばらしいことだというのが根底にあって、奥ゆかしい文化が育っていったのだと思います。まあ俳句のような表現としてはいい部分なのかもしれませんが、これが外交になると、心配で。

ふるまい  そこでの失敗は多いですよ。日中を往復するたびに「伝わってないな」と思います。市民もメディアも期待しているのに、結局何も伝わらない。

村上  違う文化の人と話すときはそういうやり方では伝わらないということをわかっていればいいのですが、なぜかわかってないんですね。

冷泉  わかってないんですよ。外国に行って、国内向けのことを喋っちゃって、そのことに気が付かない。慰安婦問題などもそうです。本質的な問題があるわけではなく、コミュニケーションのギャップなんだと思います。

村上  ワシントンポストに有志が意見広告を出しました。全部を読んだわけではないのですが、国内の文脈の中で、ファクト1、2・・と書いている。アメリカのリベラルな人が見たら反感を買うだろうなと思ったのですが、アドバイザーとか、ついてないんですかね。

冷泉  こういう話があります。アメリカには大使がふたりいて、政治はワシントン、経済関係はニューヨークが担当しているのですが、当初はワシントンの大使が安倍政権の意向を受けて動いていて、ニューヨークは勿論こんなことで経済関係をおかしくするわけにはいかないのでノータッチ。ところがあるときからワシントンのほうもや
めてしまい、結局あの広告が出た瞬間から知らぬ、存ぜぬ、になっちゃった。結局、外交当局としては広告は困るが、決議も困るということで、やったのはせいぜいが参院選まで待ってくれ、という調整ぐらいでしょう。その結果、広告も出ちゃったし決議も通っちゃったというんですね。

ふるまい  言いっぱなしみたいなところがありますよね。自分の言いたいことだけ言って、相手がわかっているかどうかは知らないし、興味がない。お互いが分かり合っている文化の中なら、阿吽の呼吸で分かってくれるかもしれませんが・・。

村上  インターネットの中などで、改革に置き去りにされた反グローバリズムの人たちががナショナリズムに傾倒するのはどの国でもあることだし、わかるんです。少し形は違うけど、ぼくにも多少その傾向はありますから。ただそういう流れというかムードに後押しされる形で外交に臨むのは愚かなことで、明らかに国益を損なうことがある。特に最近、6カ国協議をめぐるやり取りを俯瞰して見てみると、蚊帳の外という表現では足りない、孤絶というか、窮地に陥っているんじゃないかという気がするんです。安倍さんは拉致問題でスターになった人だから、今さら拉致問題を降ろすわけにはいかないのでしょうが、他の国にとって日本の拉致問題は基本的にどうでもいいことです。もちろんぼくは個人的には拉致問題にシンパシーを感じます。でも日本は六カ国協議で、内政の、しかもポピュリズムというか、心情的な世論と、利害が絡む外交という、軸足がまったく違う、すごく困ったところにいます。

ふるまい  異様な立場に立っていますね。

JMM [Japan Mail Media] No.439 Extra-Edition2
2007年8月8日発行
夏休み特別鼎談パート1

強調部は引用者による。