ミュールーズ Mulhouse
友達の誕生日パーティーということで、フランス、ミュールーズへ。スイス・ドイツ・フランスの国境に近い街。フランスとドイツが国境を巡って争ったアルザス。ストラスブールからバーゼルにかけて南北に連なる「ワインの道」の中ほどである。産業革命が発祥したのもこのあたりで、今でもミュールーズは工業都市。主要産業は繊維、自動車なのだそうだ。友人の彼女も繊維会社で働いているのだが、そこの製品というのを見せてもらったら、ハイテク機器の包装に使うような目の細かいプラスチック布。日本の繊維産業もすっかり空洞化して、生き残り戦略は製品特化しかない、というような話を聞いたことがある。フランスでも似たような事情なのだろう。自動車のほうはプジョーがある。パーティーに参加していた一人もプジョーの社員だった。ドイツ側から国境を越えて高速でミュールーズに向かうと、ミュールーズへの出口の一つ手前の出口が、プジョーのための出口。街の中もプジョーがとても多い。この街だったらプジョー安く買えるなあ、いいなあ、と友人に言ったら、日本人なのにプジョーが欲しいのか?と不思議そうな顔をしていた。地元ではプジョーは人気ないらしい。ドイツ車と並んで日本車はスゴイ、ということになっているとか。
国境の街なので治安が悪く暗い、ドラッグの取引が盛んに行われている、という友人の話で、アブナイおじさまおにいさんたちを目撃できるのかといざ行って見ると、ドラッグと風俗で有名なフランクフルトよりもよっぽど無難な雰囲気の街だった。アフリカ系の移民が多いので、ヒップホップな雰囲気はあるが、危ないという感じではない。そもそも私の友人は先祖がイラン人とかで、女衒に見えなくもない雰囲気。彼のほうが怪しい。街のところどころにある小さなフランス風の公園は、いかにも「取引してください」といわんばかりの寂れた雰囲気。バルセロナやフランクフルトでもこうした街の中に突然ある、70年代的な公園が取引の舞台である。友人の家の近くの公園は、最近になって公園の周りに鉄柵を作って麻薬取引の防止に努めているそうだ。この公園の隣が、ミュールーズの市長の家なので、目の前で行われる取引に業を煮やして柵を作ったそうだ。
街の中をあるいていると、そこいら中が工事中。これまでバスしかなかったのだが、市電を導入しようと、道を掘り返しているのだそうだ。道端にあるゴミ箱からはみ出た新聞に見慣れた顔を発見。麻原彰晃である。お、この人知っている?と聞いたら、友人もその彼女もよく知っていた。フランスでも一面に写真が載ったらしい。日本に死刑制度があるとはしらなかった、ハラキリじゃないんだ、などと友人のコメント。
レストランで大人数で飯を食べた後、車でフライブルクに向かう。距離は40キロほどで、フランス側からドイツに遊びに行く、という私にとっては初めての経験。もはや伝説的クラブ、黒い森の中にあるWaldseeで、JazzanovaのAlex Barckと、CompostのRainer Truebyのコラボレーション。ライナー・トゥルービーはフライブルクの出身。毎月一度フライブルクで"Root Down"というセッションをしている。Alex Barckはゲスト。店に入ろうとしたのは夜の1時半だったのだが、行列していてマイナス5度の森の中で30分近く待つことになってしまった。それでも割と客が引けたというクラブ内部はスシ詰めの若者。ミュンヘンのクラブよりも、ずっとアナーキーな雰囲気。私はDJ二人の前までにじり寄って、皿回し合戦を観戦。とてもよかったのは、二人本当に並んで、アレックスがミックスしたかと思うと、そのままライナーがミックス、みたいな離れ業を1トラックでやっていたこと。片方がお題をだして、もう片方が俺だったらこうする、という様子。近くで見ていてあまりに面白いので、まさにへばりついて見続けてしまった。
その間にも地元の古くからの知り合いらしきオヤジが、アルザスワインをぶら下げて差し入れに来たり、エレクトロジャズとはあまり関係なさそうなパンクやロックンローラーまでとりあえず騒げるから、というような面持ちでうろうろしていて、ローカルな雰囲気で横溢。ジャンルによって人間がきっちりソートされてしまう、ミュンヘンのクラブとはかなり違っていた。トゥルービー・トリオや、Jazzanovaのほかのメンバーもやってきて騒いでいて、その騒ぎっぷりが凄い迫力。なんつーのか、Jazzanovaの人たち、狂ってました。"In Between"の恐るべきリミックスで話題になったJazzanovaの。期待の次作というトラックもいくつかあったが、ライナーの選曲の方が一枚上手だった。私と誕生日当事者の友人は、好きな音楽の傾向が一緒なので、うおー、スバラシー、という気分だったのだが、他の友人達がもうかえろーよ、と疲れ始めたので、5時、ミュールーズに戻る。それにしても、ベルリンとフライブルクという地理的にはドイツ内で一番はなれた二つの土地で、こうした音楽が発生して、間になにもない、というのはいったいどうしてなだろう、と思う。フライブルクといえば、フッサール・ハイデッガー、なのだが、こうした局面でも政治の中心、ベルリンとちょうど対偶の関係にあるような気がしてならない。
ミュールーズからの帰りには、ワイン畑の中の村に立ち寄り、造酒屋でいろいろ試飲して、リーズリングの1999年、2001年を買う。2001年、やたらとうまい。確か2001年の夏はとてもいい夏だった。